会社法・企業倫理/人間の権利
提供: Internet Web School
(→財産権の保障) |
(→財産権の保障) |
||
41 行: | 41 行: | ||
== 財産権の保障 == | == 財産権の保障 == | ||
- | + | 財産権の保障は,フランス革命以来の近代市民社会において最も強く要請された憲法的価値のひとつである.フランス人権宣言第17条は「所有は,神聖かつ不可侵の権利であり,何人も,適法に確認された公の必要が明白にそれを要求する場合で,かつ,正当かつ事前の補償のもとでなければ,それを奪われない. 」として財産権の不可侵性を宣言した.もっとも,福祉国家思想の発展に伴い,不可侵性は後退し,制約の可能性が前面に押し出される.ヴァイマル憲法(1919年)では,所有権は義務を伴い,公共の福祉による制約を受けることが明文化されている. | |
== 参考文献 == | == 参考文献 == |
2014年12月24日 (水) 03:43時点における版
会社法・企業倫理 > 人間の権利
目次 |
概要
「人を大切にする」こと,即ち「人権を尊重する」ことには何の条件も付かない.人権は,何時でも・どこでも・誰にでも・認められるはずである[w1].この前提が認められない場合には,「企業と人権」の議論は,人権有用(あるいは無用)論に終わってしまう.
人権は世界中の全ての人に認められ,そして企業は社会の一員として,人権を無視してはならないということである.人権は,企業の都合によって大切にされたり,無視されたりしてよいというものではない.人権の側からいえば,「競争に勝つために人権を尊重してはいられない企業」=「競争に負ける以外に選択の余地が無い」という帰結になる [r1].
企業における人権(侵害) が問題となる場面が急増している.「企業が第一」「利益最優先」「人権は役に立つ限り使いましょう」などというスローガンの下,人権を企業の生き残りのために取り入れようとするのは,実は人権は企業にとって余計なものと考えていることと同じである.
企業側が人権を侵害する事例 を挙げて企業を批判し糾弾する側からは,企業を監視しその活動を規制しない限り人権侵害が起こる.これは,利益第一という企業のあり方が原因であるとする,即ち「企業性悪説」である.企業に対する不信には,過去の事例に照らせば確かに理由がある.企業を監視し,企業活動を規制し,必要ならば制裁や処罰を視野に入れた 企業の社会的責任(CSR) を明確にする規範を求める動きには,このような背景があった.
国際的には,ラギーの枠組み提案 [r2] が知られている.これは,多国籍企業の主に開発途上国での活動による好ましくない影響が注目を集めるようになった1970年代の後半,多国籍企業の活動を規制しようとする試みが背景にある.ラギーは,2008年の報告書(A/HRC/8/5)で「企業と人権」のための枠組みとして「保護・尊重・救済」を提唱した [r3].
経済的自由権
自由主義的な政体下では「人間は理性を持ち,従来の権威から自由であり,自己決定権を持つ」という立場を取る.これを「自由権」という.自由権は,経済的には私的所有権と自由市場による資本主義などの思想や体制の基礎となる.自由主義は政治や経済における多元主義である.自由権は,各国成文憲法の権利宣言において中核的地位を占めている.
上記の前提において,経済的自由権とは,基本的人権における自由権の一つであって,人の経済的な活動を人権として保障するのが目的である.これは,自立した個人であるためには,経済的な活動基盤を獲得することが前提であるので,それに対する国家や権力からの干渉(農奴制など)を制約する必要があるためである.例えば,日本国憲法では「職業選択の自由(営業の自由)」「居住・移転の自由」「財産権の保障」について定められているが,これらをまとめて「経済的自由権」と呼んでいる [w2].
経済的自由権の享有主体としては,まず自然人(ヒト)は当然であるが,権利の性質と矛盾しない部分においては法人においても保障される.法人(企業)においては,このうち「営業の自由」「財産権の保障」に焦点を当てるべきであろう.
職業選択・営業の自由
所謂「二重の基準論」(人権を規制する法律の違憲審査に際して,経済的自由の規制立法に関して適用される合理性の基準は緩やかに,精神的自由の規制立法に関して適用される合理性の基準は厳しく審査すること)にもとづき,営業の自由とは,人が自己の選んだ職業を営む自由であり,経済的自由権の1つとして確立している. 例えば日本国憲法においては,営業の自由を保障する明文は存在しないが,職業選択の自由を保障する憲法22条1項がこれを保障しているとするのが通説である.もし職業選択の自由を認めても,営業の自由(職業遂行の自由)を認めなければ、職業選択の保障が無に帰するからである [w3].
営業の自由は,表現の自由等の精神的自由と違い経済的自由に属する人権であるため,その制約についての違憲基準も緩やかで足りる(「二重の基準」論).1980年代以降,理想的な経済的自由権,特に営業の自由に関する制約は,アメリカ・イギリスにおける新自由主義的政権の成立,「対抗馬」としての社会主義体制の崩壊,経済のグローバライゼーションなどによって,様々な挑戦を受けることになった.
国家の理念に基づいて,社会政策や経済政策として社会的・経済的弱者を保護するために行う規制のことを,積極目的規制と呼ぶ.弊害の除去(例:国内生産者の保護,等)という消極的目的のためだけでなく,福祉国家の理想の実現(例:スウェーデンにおける,完全雇用のための大企業優先政策,等)という積極的目的のために広く制約されることもある.これらは,「社会国家」「福祉国家」という標語でよばれる経済への国家介入的政策を前提としている.
図1に,北アメリカ地域における経済自由度指数の調査結果マップを示す [r4] . 青・緑・黄・赤色の順で,経済自由度指数が 高い⇒低い ことを示している. メキシコ合衆国が黄色・赤色の州が多いことが目立つが,これは2000年以降,メキシコとアメリカ(USA)の貿易自由度は緩やかに低下し,例えば電気・電子産業の組み立て工場としての地位を,その後中国に取って代わられたことがその一因にある. 実際,アメリカの対メキシコ直接投資額(フロー)は 2001年をピークにその後減少傾向にある. 全世界的な様相については,文献 経済自由度指数 が詳しい.
財産権の保障
財産権の保障は,フランス革命以来の近代市民社会において最も強く要請された憲法的価値のひとつである.フランス人権宣言第17条は「所有は,神聖かつ不可侵の権利であり,何人も,適法に確認された公の必要が明白にそれを要求する場合で,かつ,正当かつ事前の補償のもとでなければ,それを奪われない. 」として財産権の不可侵性を宣言した.もっとも,福祉国家思想の発展に伴い,不可侵性は後退し,制約の可能性が前面に押し出される.ヴァイマル憲法(1919年)では,所有権は義務を伴い,公共の福祉による制約を受けることが明文化されている.
参考文献
- [r1] 白石 理 (2011)『特集・企業と人権を考える Part1「企業と人権」へのアプローチ』国際人権ひろば No.97(2011年05月発行号)
- [r2] John Gerard Ruggie (2008)『保護、尊重、救済フレームワーク』国連報告書(A/HRC/8/5)
- [r3] 梅田 徹 (2010)『ラギー報告<保護・尊重・救済>フレームワークの検討』グローバル・コンパクト研究センター (2010年9月3日)
- [r4] 安藤高行編 (2001)『憲法II 基本的人権』法律文化社, 213-250頁
- [r5] Economic Freedom of North America 2014, 2014 The Fraser Institute.
関連項目
- [w1] 人権 (Wikipedia)
- [w2] 経済的自由権 (Wikipedia)
- [w3] 営業の自由 (Wikipedia)
- [w4] 経済自由度指数 (Wikipedia)
- [w5] 財産権 (Wikipedia)