物理/熱と熱現象(3)熱力学の第二法則
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熱と熱現象(3) 熱力学の第二法則
第二種永久機関の失敗やカルノーの熱機関の効率の研究から,
熱力学の第2法則が認識されるようになり、やがて熱現象の基本原理として認められた。
熱機関と効率
熱機関とは、熱エネルギーを利用して外部に仕事をおこない続ける機関である。
最初に発明された熱機関は、蒸気機関であった。
初期の熱機関は大きな熱エネルギーを使いながら取出す仕事は小さく、効率が大変悪かった。
効率のよい熱機関を作るにはどうすればよいか。
効率はどこまで上げられるか。
高温の熱源から受け取った熱エネルギーを,
すべて外部への仕事に変換出来ないだろうか(熱力学の第一法則には違反しない)。
これらは重大な関心事になった。
この問題を根本的に解決したのはカルノーであった。
彼は、このような機関は不可能であること、
彼の考案したカルノー機関が理論上の最大効率の熱機関であることを、
のちに熱力学の第2法則として確立される原理を発見し、これを利用して証明した。
カルノーの着想
カルノーは、
$\quad$ⅰ)熱を仕事に変える(動力を発生させる)には、
$\quad$高温から低温への熱の移動と熱移動を媒介する作業物質が必要
$\quad$ⅱ)温度差がある時は、熱は自動的に高温側から低温側に移ってしまい、
$\quad$高温熱源は、仕事を取出すことなくエネルギーを失ってしまう。
$\quad$出来るだけ温度差をなくしながら、熱を仕事に変える必要がある。
$\quad$ⅲ)温度差がなくても、物体の体積を変化させると
$\quad$熱を移動させ、それを仕事に変換できる。
$\quad$(例えば、熱源と等しい温度の気体を熱源と接触させ、
$\quad$ゆっくりと体積を大きくしてゆくと、気体の温度は熱源と同じだが、
$\quad$熱源から気体に熱が流れて行く。膨張する気体は外部に仕事をする)
$\quad$ⅳ)気体の断熱膨張で温度がさがり、断熱圧縮で温度が上がることを利用すれば
、
$\quad$温度差による熱移動を全く行わないサイクル機関を作れるのではないか
ということに気づいた。
カルノー機関
カルノー機関で気体の状態(気圧pと体積V)がどのように変化していくかを図に示す。
そこで、最高効率の熱機関を作るために、
高温 $T_h$ 、低温 $T_l$ の2つの熱源を用意し、熱媒体を気体にした。
すべての過程で、気体の体積変化による熱移動だけを起こさせる、
4つの過程からなるサイクル機関を考案した。
第1過程
まず高温熱源から気体への熱移動を、気体の膨張だけで起こすため、
気体を高温熱源と同じ温度にしてから、接触させ、気体の体積をゆっくり膨張させる。
こうすると気体は高温熱源と同じ温度を保ち、温度差による熱移動は起こらず、
体積変化による熱移動だけが起こる。
熱源からの熱エネルギーはすべて仕事に変換される。
(体積を急に変えると気体の温度は不均一になるだけでなく、気体温度が下がり、温度差により高温熱源から熱が流れ込んでしまう)
第2過程
高温熱源から吸収した熱の一部を低温熱源に(温度差でなく体積変化で)放出する準備として、
気体温度を低温熱源の温度まで、ゆっくりと断熱膨張させる。
温度差による熱移動がないので、気体の熱エネルギーの減少分はすべて気体の膨張による仕事に転化する。
第3過程
気体の温度が低温熱源と等しくなったら、気体を低温熱源に接触。
今までに取り出した仕事の一部を使って、ゆっくりと気体を圧縮。
(気体の温度が無限小あがっても、すぐに熱が気体から低温熱源に放出され、気体は低温熱源と等しい温度を保つ。)
気体の断熱圧縮で、最初の状態(高温熱源に接触させるときと同温、同体積)に戻れる
体積まで圧縮したら、低温熱源から切り離す。
第4過程
最初の2つの過程から取り出した仕事の一部をつかって、
ゆっくりと断熱圧縮し、最初の状態に気体を戻す。
準静的過程
カルノー機関は、前述のように
4つの過程で1サイクルをなして元に戻り、
この間に高温の熱源から得た熱エネルギーの一部を仕事に変える。
このサイクルを繰り返し、熱エネルギーをもらいながら、その一部を仕事に変え続ける。
この機関の効率を極限まで高めるには、
仕事を取り出すことなく無駄に使われる温度差による熱の移動を全くなくすことが必要であると思われる。
しかし、実際の機関では、どうしても温度差による熱移動が生じる。
そこでカルノーは、温度差による熱移動が起こらないようにするため、
4つの過程の体積変化をどんどん遅くしていき、その極限となる過程を考えた。
これを準静的過程(quasi-static process) という。
準静的過程の定義と注意
系の全体は静止(マクロの物体として静止)にきわめて近く、
さらには熱平衡にも極めて近い状態を保ちながら変化させる。
この変化速度をどんどん遅くして行きときの、極限の過程を、
準静的過程(quasi-static process) という。
この過程は、
「マクロには静止し、熱平衡を保ちながら、無限の時間をかけて無限にゆっくりと状態変化していく過程」
と考えられる。
熱平衡の系は温度や圧力などの状態量が定まるので、
この過程は状態量の推移で正確に記述できることになる。
しかし、厳密には、常に静止し、熱平衡状態を完全に保つならば
系は力学的にも熱的にも全く変化は起こるはずがない。
そのため、準静的過程は、厳密には矛盾を含む表現であり、もちろん実現不可能である。
マクロな観測では検出できない程度の非平衡状態を持ちながら、
長時間かけて変化していく過程と考えればよいだろう。
この過程を想定した系の挙動は、大変簡潔となり、
しかもこの仮想の挙動は、
必要な時間をかけて、ゆっくり状態変化させれば
任意の精度で実現できるので、
熱機関の挙動や効率を調べるのに大変有用である。
カルノーの熱機関の研究では、要の概念になっている。
準静的に系を変化させるには、
系には無限小の力や
無限小の仕事、熱エネルギーを与える必要がある。
カルノーサイクルの効率
4つのカルノー過程において、
気体が吸収・放出する熱量と外部との間でやり取りする仕事を求め、
それを総合して、カルノーサイクルの効率を求めよう。
カルノー機関で気体の状態(気圧pと体積V)がどのように変化していくかを図に示す。
① 高温熱源から熱をもらいながら準静的に等温膨張
温度 $T_h$ を保ちながら理想気体は準静的に膨張するので
この過程のどの時状態でも状態方程式 $pV=nRT_h=constant$(定数)をみたす。
(V,p)はこの双曲線上を、状態1 $(V_1,p_1)$ から状態2 $(V_2,p_2)$ まで、
無限にゆっくりと移動していく。
従って、$p_1V_1=p_2V_2 \qquad \qquad \qquad (1)$
この時気体がおこなう仕事を求めよう。
今、この線上の一状態$(V,p)$から、$(V+dV,p+dp)$(dV,dpは無限小)まで膨張する間に
気体のする仕事は、すでに証明したように、$pdV$
故に状態1から状態2まで膨張する間に気体のする仕事は
$W_{1,2}=\int_{V_1}^{V_2}p dV$(注を参照のこと)
$\quad$ 状態方程式から、$p=\frac{nRT_h}{V}$ なので
$=\int_{V_1}^{V_2} \frac{nRT_h}{V}dV=nRT_h\int_{V_1}^{V_2} \frac{1}{V}dV$
$\quad$ $\frac{1}{V}$ の原始関数(微分すると$\frac{1}{V}$になる関数)は
$\quad \log_{e}V$なので、良く知られた微積分学の基本定理から
$=nRT_h[\log_{e}V]_{V_1}^{V_2}$
$=nRT_h(\log_{e}V_2-\log_{e}V_1)=nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1}\qquad (2)$
温度が変化しないので、理想気体の内部エネルギーは変化していないので、
熱力学の第一法則から、
気体のした仕事と同量の熱エネルギーを高温熱源からもらっていることが分かる。
$Q_h=W_{1,2}=nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1}\qquad \qquad (3)$
(注) 準静的な膨張時の気体の仕事とグラフ面積
・ 図のように、
曲線$C_{1,2}$とV軸、両側のV軸の垂線という4本の線で囲まれた領域Rを考える。
・ Rの面積Sは、気体が温度 $T_h$ を保ちながら、
体積を $V_1$ から $V_2$ まで準静的に増加させるとき、
気体が外部になす仕事に等しい事が以下のようにしてわかる。
(ⅰ) V軸の区間$[V_1,V_2]$をn等分し、
n個の小区間$\{[V^i,V^{i+1}]\}_{i=0}^{n-1},(V^{i+1}-V^i=\frac{V^2-V^1}{n})$ にわける。ここで $V^0=V_1,\quad V^n=V_2$
(ⅱ) 各小区間 $[V^i,V^{i+1}]$ を底辺とし、
高さが $p(V^i)=\frac{nRT_h}{V^i}$の角柱(面積$p(V^i)\frac{V^2-V^1}{n}$)によって、
領域Rを近似する。
等分数nが十分大きければ、
R の面積 S は、n個の角柱の面積和
$S_n:=\sum_{i=0}^{n-1}p(V^i)(V^{i+1}-V^i) $
とほとんど等しくなる。
$S\approx S_n:=\sum_{i=0}^{n-1}p(V^i)(V^{i+1}-V^i)\qquad \qquad (a)$
関数 $p=p(v)$ が連続関数ならば、
$S=\lim_{n\to \infty}S_n\qquad \qquad (b)$
となる(8章 物理数学 8.3 積分)。
(ⅲ) 定積分の定義から、
$\int_{V_1}^{V_2}p(V)dV=\lim_{n\to \infty}S_n=\lim_{n\to \infty}\sum_{i=0}^{n-1}p(V^i)(V^{i+1}-V^i)$
なので、式(b)から、
$S=\int_{V_1}^{V_2}p(V)dV \qquad \qquad (c)$
(ⅳ) $[V^i,V^{i+1}]$ を底辺とし、
高さが $p(V^i)=\frac{nRT_h}{V^i}$の角柱の面積 $p(V^i)\frac{V^2-V^1}{n}$ は、
nが大きい時、すでに示したように、
圧力が$p(V^i)$ である気体を、微小体積 $\frac{V^2-V^1}{n}$ 変化させた時
気体が外部にする仕事にほぼ等しい。
従って、$S_n$ は、
気体が体積を $V_1$ から $V_2$ まで膨張させるときに
外部にする仕事にほぼ等しくなる。
nを増加させるほど両者は近づき、
$S=\lim_{n\to \infty}S_n$
は気体が外部にする仕事 $W_{1,2}$ に一致する。
故に、式(c)から
$W_{1,2}=S=\int_{V_1}^{V_2}p(V)dV \qquad \qquad (d)$
② 準静的な断熱膨張とそれによる冷却
準静的な断熱膨張で気体の状態変数は
$pV^{\gamma}=p_{2}V_{2}^{\gamma}=constant$
を満たしながら、図の状態2から状態3まで、無限にゆっくりと移動していく。
従って $p_2V_{2}^{\gamma}=p_3V_{3}^{\gamma}\qquad \qquad (4)$
この過程でも体積は増加するので、気体は外部に正の仕事をする。
この量は、最初の過程の時と全く同じように考えれば、次のようになることが分かる。
$W_{2,3}
=\int_{V_2}^{V_3}pdV
=p_{2}V_{2}^{\gamma}\int_{V_2}^{V_3} {V^{-\gamma}}dV$
$\quad$この非積分関数の原始関数は $\frac{1}{1-\gamma}V^{1-\gamma}$ なので、
$=p_{2}V_{2}^{\gamma}[\frac{1}{1-\gamma}V^{1-\gamma}]_{V_2}^{V_3}
=\frac{p_{2}V_{2}^{\gamma}}{1-\gamma}(\frac{1}{V_{3}^{\gamma-1}}-\frac{1}{V_{2}^{\gamma-1}})$
$\quad$ $p_{2}V_{2}^{\gamma}=p_{3}V_{3}^{\gamma}$ なので
$=\frac{p_{3}V_{3}^{\gamma}}{1-\gamma}\frac{1}{V_{3}^{\gamma-1}}
-\frac{p_{2}V_{2}^{\gamma}}{1-\gamma}\frac{1}{V_{2}^{\gamma-1}}
=\frac{1}{1-\gamma}(p_3V_3-p_2V_2)=\frac{1}{\gamma-1}(p_2V_2-p_3V_3)$
$\quad$$p_2V_2=nRT_h,\quad p_3V_3=nRT_l$ なので、
$W_{2,3}=\frac{nR(T_h-T_l)}{\gamma-1}\qquad \qquad (5)$
断熱変化なので、気体の受け取った熱量は
$Q_2=0 \qquad \qquad \qquad (6)$
③ 低温熱源に熱を与えながら準静的に等温圧縮
①の場合と同様に出来る。
等温圧縮なので、この過程中、
状態量は $pV=nRT_l $を満たしながら図の状態3から状態4まで曲線$C_{3,4}$上をゆっくり移動する。
従って、$p_3V_3=p_4V_4\qquad \qquad \qquad (7)$
この間、気体は、外から
$W_{3,4}=nRT_l\log_{e}\frac{V_3}{V_4}\qquad \qquad (8)$
だけ仕事をしてもらい、
それと同量の熱エネルギー
$Q_l=nRT_l\log_{e}\frac{V_3}{V_4}\qquad \qquad (9)$
を低温熱源に与える。
④ 準静的な断熱圧縮とそれに伴う加熱
②準静的な断熱圧縮 と全く同じようにしてできる。
気体が外から仕事をしてもらい、
図の状態4から状態1まで準静的に断熱圧縮する。
従って、$p_4V_{4}^{\gamma}=p_1V_{1}^{\gamma}\qquad \qquad \qquad (10)$
この時外から気体がしてもらう仕事は、
$W_{4,1}=\frac{nR(T_h-T_l)}{\gamma-1}\qquad \qquad (11)$
なお、断熱変化なので、気体が受け取る熱量は
$Q_4=0\qquad \qquad \qquad (12)$
気体の内部エネルギーは、外から受けた仕事だけ増加するので、温度も上昇していく。
状態1に戻ったら、1サイクルは終りで、
⑤ 1回のサイクルあたりの熱と仕事の授受
・ 1サイクルで気体が外部にした仕事 $W$ は
$W=W_{1,2}+W_{2,3}-W_{3,4}-W_{4,1}$
$=nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1}+\frac{nR(T_h-T_l)}{\gamma-1}$
$-nRT_l\log_{e}\frac{V_3}{V_4}-\frac{nR(T_h-T_l)}{\gamma-1}$
$=nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1}-nRT_l\log_{e}\frac{V_3}{V_4}$
故に
$W=nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1}-nRT_l\log_{e}\frac{V_3}{V_4}\qquad \qquad (13)$
これは、図のように、4本の状態遷移腺で囲まれた領域Rの面積Sに等しい。
・ 一回のサイクルで気体が熱源から受け取った総熱量 Q は
$Q=Q_h-Q_l=nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1}-nRT_l\log_{e}\frac{V_3}{V_4}
=W\qquad (14)$
・ 高温熱源から気体に流れ出た熱エネルギー $Q_h=W_{1,2}=nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1}$ は、
$W=nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1}-nRT_l\log_{e}\frac{V_3}{V_4}$ が外部への仕事に転化し、
残りの $nRT_l\log_{e}\frac{V_3}{V_4}=Q_l$ が低温熱源に吸収されたことになる。
図を参照のこと。
カルノー機関の効率
カルノー機関の効率$\kappa$(気体のなす仕事/気体が高温熱源から受け取った熱量)は定義から
$\kappa=\frac{W}{Q_h}$
$\quad$この式に、式(13)と式(3)を代入すると、
$\kappa=\frac{nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1}-nRT_l\log_{e}\frac{V_3}{V_4}}{nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1} }=1-\frac{T_l}{T_h}\frac{\log_{e}V_3/V_4}{\log_{e}V_2/V_1}\quad (15)$
ここで、次の重要な補題が成り立つ。
補題;$\frac{V_2}{V_1}=\frac{V_3}{V_4}$
証明;
$p_1V_1=p_2V_2 \qquad \qquad \qquad (1)$
$p_2V_{2}^{\gamma}=p_3V_{3}^{\gamma}\qquad \qquad (4)$
$p_3V_3=p_4V_4\qquad \qquad \qquad (7)$
$p_4V_{4}^{\gamma}=p_1V_{1}^{\gamma}\qquad \qquad \qquad (10)$
なので、これらの4式の左辺の積は、右辺の積に等しい。
$p_1 V_1 p_2 V_{2}^{\gamma}p_3 V_3 p_4V_{4}^{\gamma}=p_2 V_2 p_3 V_{3}^{\gamma} p_4 V_4 p_1V_{1}^{\gamma} $
両辺を$p_1 p_2 p_3 p_4 V_1 V_2 V_3 V_4$ で割ると、
$\frac{V_{2}^{\gamma-1}}{V_{1}^{\gamma-1}}=\frac{V_{3}^{\gamma-1}}{V_{4}^{\gamma-1}}$
これより、所望の結果を得る。
この補題を式(15)
$\kappa=1-\frac{T_l}{T_h}\frac{\log_{e}V_3/V_4}{\log_{e}V_2/V_1}$
に適用して、
$\kappa=1-\frac{T_l}{T_h}\qquad \qquad \qquad (16)$
を得る。
かくして、次の命題が得られた。
命題;
カルノー機関の効率 $\kappa$ は、
$\kappa=1-\frac{T_l}{T_h}\qquad \qquad \qquad (16)$
で与えられる。
また、式(9)に、この補題を適用すると、
$Q_l=-nRT_l\log_{e}\frac{V_3}{V_4}=-nRT_l\log_{e}\frac{V_2}{V_1}$
なので、
一回のサイクルで気体が受け取る実質の総熱量 Q は
$Q=Q_h-Q_l=nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1}-nRT_l\log_{e}\frac{V_3}{V_4}
=nR(T_h-T_l)\log_{e}\frac{V_2}{V_1}\qquad \qquad(17)$
また、式(3)も考慮すると
$\frac{Q_l}{Q_h}=\frac{T_l}{T_h}\qquad \qquad \qquad(18) $
これより、
$\kappa=1-\frac{T_l}{T_h}=1-\frac{Q_l}{Q_h}\qquad \qquad \qquad(19) $
カルノーの定理
カルノー機関が最大効率の熱機関であることをカルノーは証明した。
これをカルノーの定理という。
カルノーはこの考察の過程で、熱力学の第2法則の原型に気付いた。
彼は、この仮説とカルノー機関の可逆性を用いて、カルノーの定理を証明した。
可逆過程
ある過程が、可逆(reversible )であるとは、
その過程の経路を逆にたどって系を元の状態に戻し、同時に外界をもとに戻すことができることをいう。(注を参照のこと)。
広義の可逆過程とは、外界に何の変化も残さずに、元の状態に戻せる過程のことである(戻る経路は、行きの経路と異なっていてもよい)。
詳しくは、
(注)可逆過程であれば、
摩擦がなく、外界と孤立した状態を作れるならば、
行きの経路で取り出した仕事に、無限小の仕事を加えて、
行きの経路の逆をたどり、元の状態に戻すことができる。
カルノー機関は可逆機関
カルノー機関は4つの過程からなるサイクルを繰り返す。
$\quad$ 第一の過程(等温膨張)は、可逆である。
第一の過程は、状態1$(V_1,p_1,T_h)$にある気体を高温$T_h$の熱源に接触させ、
準静的に等温膨張させ、状態2($(V_2,p_2,T_h)$ に移す。
この間,気体は外部へ
$W_{1,2}=\int_{V_1}^{V_2}p(V) dV=nRT_h\log_{e}\frac{V_2}{V_1}$の仕事をし、
これと同量の熱量 $Q_h=W_{1,2}$ を高温熱源から奪う。
これを、準静的に元の状態に戻すには、
気体の圧力より無限小だけ大きい圧力を気体に加え、
準静的に等温圧縮する。
気体の状態は、曲線 $C_{1,2}$ 上を、
状態2から状態1へ向かって無限にゆっくり逆行して、状態1に戻る。
この間の任意の状態 $(V,p)$ で体積を 微小量dV 変えるには、
外力は $-pdV$ の仕事をするので(注2を参照のこと)、
状態1に戻すまでに外力がする仕事は、
$W_{2,1}=\int_{V_2}^{V_1}-p(V)dV=\int_{V_1}^{V_2}p(V)dV=W_{1,2}$
となり、順行時に気体が外部になした仕事$W_{1,2}$と一致する。
等温変化なので、外部からの仕事は、熱として高温熱源に戻される。
順行時に気体が外部にした仕事を何らかの方法でためておけば、
これを使って逆行させることが出来ることが分かった。
同時に高温熱源は順行時に失ったエネルギーを逆行時に取り戻せた。
従って、第一の過程は可逆である。
第三の過程も同様に、可逆である。
$\quad$ 第二の過程(断熱膨張)は可逆である。
この過程では、気体は$pV^{\gamma}=p_{2}V_{2}^{\gamma}=constant$
を満たしながら(曲線 $C_{2,3}$ 上を)、図の状態2から状態3まで、無限にゆっくりと移動していく。
このとき、気体は外部に仕事
$\quad W_{2,3}=\int_{V_2}^{V_3}pdV=p_{2}V_{2}^{\gamma}\int_{V_2}^{V_3} {V^{-\gamma}}dV$
をする。
この気体を、気体の圧力より無限小($\epsilon>0$)大きい圧力を外部からかけて断熱圧縮すると、
気体は、曲線 $C_{2,3}$ 上を状態3から、状態2に向かって逆行していく。
状態2に達したら、外圧を気体圧力と等しくして、圧縮をやめる。
この間に外力のする仕事は
$W'_{3,2}
=\int_{V_3}^{V_2}-(p+\epsilon)dV$
$\quad \epsilon>0$ は無限小なので省略出来て
$=\int_{V_3}^{V_2}-pdV=\int_{V_2}^{V_3}pdV=W_{2,3}$
行きの経路で取り出した仕事を使って、元の状態に戻せることができた。
この間、気体を断熱にしているため、外部には何の変化もない。
これで、第二の過程が可逆であることが分かった。
第四の過程の可逆性も同様にして示せる。
さらに、熱源と接触させ次の過程に移るときには、系と熱源の温度と等しくしてあるので
熱平衡は保たれている。
ゆえに、4つの過程からなるカルノーサイクルは可逆である。
カルノー機関より効率のよい機関が存在したら、どうなるか?
カルノー機関の一サイクルで、高温 $T_h$ 熱源から熱 $Q_h$ を吸収し、
低温 $T_l$ 熱源に熱 $Q_l$ を放出し、外部に仕事 $W=Q_h-Q_l$ をしたとする。
効率は
$\kappa:=\frac{W}{Q_h}=\frac{Q_h-Q_l}{Q_h}=\frac{T_h-T_l}{T_h} \qquad (a)$
カルノー機関と同じ温度の高低2つの熱源を用いた、
別の方式のサイクル運転する熱機関を考える。
この機関は、熱媒体や、熱を仕事に変える過程に工夫を凝らし、
カルノー機関より効率が高いとする。すると、
一サイクルで、高温熱源から熱量 $Q_h$ を吸収し、
より多くの仕事 $W'(>W)$ を取り出せる。
このような機関を、「夢の機関」と言おう。
もし「夢の機関」が存在したら何が起こるだろうか。
熱媒体は、サイクル運転の開始時と一サイクル終了時では同じ状態なので、
内部エネルギーは不変である。
熱力学の第一法則を用いると
この間に熱媒体が得た熱量($Q_h-Q'_l$)は、
すべて、外部への仕事$W'(>W)$に転化したことが分かる。
$Q_h-Q'_l=W'>W$
故に、
$Q'_l=Q_h-W'<Q_h-W=Q_l \qquad \qquad \qquad (b)$
この「夢の機関」の一サイクルを順行運転する。すると、この間
高温熱源の放出熱量;$Q_h$
低温熱源の吸収熱量;$Q'_l(<Q_l)$
外部にする仕事;$W'=Q_h-Q'_l(>W)$
(1)一つの熱源から熱をとり、それをすべて仕事に変える熱機関ができる
夢の機関を一サイクル運転して、
高温熱源から $Q_h$ の熱を吸収し、低温熱源に $Q'_l(<Q_l)$ の熱を放出したあと、
カルノー機関を一サイクル逆行運転して、
低温熱源が得た熱量 $Q'_l$ を吸収し、高温熱源に $Q'_h$ の熱を放出する
ことを一サイクルとする熱機関を考える。
命題;
この機関は、高温熱源から熱を吸収して、それをすべて仕事にする。
それ以外は外部に何の痕跡も残さない。
証明
この機関の一サイクルで
高温熱源は、$Q_h-Q'_h$ の熱を放出し
低温熱源の熱の授受は零である。
$Q_h-Q'_h > 0$ であることを示せばよい。
カルノーサイクルを逆行させると、
低温熱源から熱量 $Q_l$ を吸収させたときには
高温熱源に熱量 $Q_h$ を放出する。
この機関では、カルノーサイクルの逆行で、
低温熱源から $Q_l$ より少ない熱量 $Q'_l$ を吸収するので、
高温熱源に放出する熱量 $Q'_h$ は、$Q_h$ より小さい。
さらに、系の状態は、
夢の機関の一サイクルで元に戻り、カルノーサイクルの逆行でも元に戻るので、
この機関の一サイクルでも元に戻る。
このため系の内部エネルギーは変わらず、
高温熱源から吸収した熱は全て仕事に転化することが分かる。
証明終わり。
(注)今までに導出した式を用いると、以下のように $Q'_h$ の正確な値が導ける。
カルノーサイクルの効率は
$\kappa:=\frac{Q_h-Q_l}{Q_h}=\frac{Q'h-Q'_l}{Q'_h}=\frac{T_h-T_l}{T_h}$
これより、
$\frac{Q'_l}{Q'_h}=\frac{Q_l}{Q_h}=\frac{T_l}{T_h}$
故に、 $Q'_h=\frac{T_h}{T_l}Q'_l<\frac{T_h}{T_l}Q_l=Q_h$
$Q_h-Q'_h=\frac{T_h}{T_l}(Q_l-Q'_l)> 0$
(2)低温熱源から、高温熱源にエネルギーを使わず熱を移せる
今度は、「夢の機関」の一サイクルの順行で取出した仕事をすべて使って、
カルノー機関の一サイクルを逆行させることを一サイクルとする機関を考える。
前項と同じように考えると、この機関を一サイクル順行運転すると、
低温熱源から、エネルギーを全く使わず、高温熱源に熱を移すことができることになる。
カルノー機関は効率最高の機関
カルノーは、
(1) 低温熱源から、高温熱源にエネルギーを使わず熱を移すことはできない。
(2) また、サイクル運転で一つの熱源から熱をとり、それをすべて仕事に変えることもできない。
これは自然の持つ法則だという仮説をたてた。
これらは、後に熱力学の第2法則として確立された。
ここまで説明したことから、
もしカルノー機関より効率が良い「夢の機関」があれば、この仮説に反する結果が導かれる。
そこで、「夢の機関」は存在しないという結論を得た(背理法)。
2つの熱源で働く可逆なサイクル熱機関は、すべて最高効率
2つの熱源で働く可逆なサイクル熱機関を考える。
命題
可逆な熱機関は最高効率である。
証明;
もし、カルノーサイクルより効率が低い可逆機関があるとしよう。
すると
カルノー機関を一サイクル順行運転して、
高温熱源から吸収する熱量を $Q_h$ 、低温熱源に放出する熱量を $Q_l$
とする。次に
この可逆機関を一サイクル逆行運転して
低温熱源が得た熱量 $Q_l$ をすべて吸収し、高温熱源に熱量 $Q'_h$ を放出する。
これを一サイクルとする、熱機関を考える。
補題;
この機関は、高温熱源から熱を吸収し、それを全て仕事に変えるサイクル機関となる。
何故ならば
カルノーサイクルの効率は $\kappa=1-\frac{Q_l}{Q_h}=1-\frac{T_l}{T_h}$
可逆機関の効率 $1-\frac{Q_l}{Q'_h}$ が $\kappa=1-\frac{Q_l}{Q_h}$ より
小さいので
$\frac{Q_l}{Q'_h} > \frac{Q_l}{Q_h}$
故に、
$Q'_h < Q_h$
従って、この機関は、高温熱源から $Q_h-Q'_h (>0) $ の熱を吸収して、
これを全て外部への仕事に転化する機関となる。
これは、カルノーの仮説に反し、矛盾が生じた。
従って、すべての可逆熱機関は最高効率である。
証明終わり。
熱力学の第2法則
熱力学的絶対温度
カルノー機関の効率が両熱源の温度の関数であることを用いて熱力学的絶対温度(作業物質の特性を全く使わない温度)が定義できる。
これらの詳細については本テキストでは扱わない。
熱力学の第2法則
次の同等な原理を、熱力学の第2法則という。
これらは、カルノーの研究や永久機関の失敗を経て、自然の基本法則として認められるようになった。
トムソンの原理
(T):=「ただ一つの熱源から熱を吸収して、それを全て仕事に変えるサイクル機関は存在しない」(注を参照のこと)。
クラウジウスの原理
(C):=「他には何の変化も残さず、低温の物体から高温の物体に熱を移すことは出来ない。」
高温物体を低温物体に接触させると、高温物体から低温物体に熱が移動し、
しばらくすると、熱平衡になる。
この過程が不可逆であると主張するのが、クラウジウスの原理である。
質点や質点系の運動は、すべて、理想条件下で(熱としてエネルギーが失われなければ)、可逆である。
熱現象は、次節で説明するように、膨大な個数の分子の熱運動が原因であるが、
こうした膨大な個数の分子の運動は、不可逆になるという不思議なことが、
自然界で起こっている。
命題;
上記の2つの原理は同値である。
証明;
(1)まず、トムソンの原理((T)と略記)が不成立と仮定する。すると、
クラウジウスの原理((C)と略記)が不成立であることを示そう。
($\lnot (T) \to \lnot (C)$ なので、対偶命題である$(C) \to (T)$ が言える)。
仮定 $\lnot (T)$ から、
ある一つの熱源から熱 $Q$ を吸収し、それを全て仕事 $W=Q$ に変えるサイクル機関が存在する。
この熱源より温度の低い熱源を用意し、
この2つの熱源を用いたカルノー機関を、この仕事 $W=Q$ を全て用いて逆行させる。
すると低温熱源から ある熱量 $Q'$ が吸収され、
高温熱源に、$W+Q'=Q+Q'$ の熱が放出される。
この2つの過程をあわせると、
低温熱源は、熱量 $Q'$ を失い、
高温熱源は、$W+Q'-Q=Q+Q'-Q=Q'$ の熱を吸収し、他には何の変化もない。
クラウジウスの原理は不成立($\lnot (C)$)。
(2)$\lnot (C) \to \lnot (T)$ を示す。
ある低温物体からある高温物体に、他には何の変化も残さず、熱($Q$ と書く)を移すことができるとする。
この高温物体から、熱 $Q$ を吸収して、
その一部を仕事Wに転化し、残り$Q'=Q-W$をこの低温物体に放出する
カルノー機関を一サイクル運転する。
両過程を合計すると、
高温物体の熱収支は零、
低温物体は $-W$ の熱を吸収($W$ の熱を放出)し、仕事 $W$ を生み出している。
故に、トムソンの原理は不成立。
(注)サイクル機関であることがポイントである。
気体の準静的な等温膨張では、
気体はただ一つの熱源から熱を吸収し、それをすべて仕事の変える。
しかし気体の体積は大きくなり、サイクル運転はできない。
不可逆過程とエントロピー
不可逆変化と具体例
可逆過程とは、外界に変化を残さずに最初の状態に戻せる過程のことであったが、現実の殆どの変化は可逆ではない。例えば高温物体から低温物体への熱の移動は、両者を接触させればおこるが、この逆の変化は起こらず、熱移動は不可逆過程である。他の例も考えてみてください。
不可逆な熱機関の効率
不可逆過程をふくむ熱機関の効率は、カルノー機関の効率よりも常に小さい(カルノーの第2定理)。
これも熱力学の第2法則から導ける。
エントロピー
高温熱源$T_1$と低温熱源$T_2$を用いたカルノーサイクルでは、
$\frac{Q_h}{T_1}=\frac{Q_2}{T_2} $
が成立する。
高温熱源$T_1$と低温熱源$T_2$を用いた不可逆過程の熱機関では
$\frac{Q_h}{T_1}<\frac{Q_2}{T_2} $
が成立する。
このことから、エントロピー $\frac{Q}{T}$ という重要な概念が導入された。
熱はエントロピーが増大する方向に移行する(エントロピー増大則)。
これ以上は、本テキストだは扱わないが、興味のある方は以下を参照のこと。