物理/熱と熱現象(1) 温度と状態方程式

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目次

熱と熱現象(1) 温度と状態方程式

「今日は熱いね」、「寒いね」は日常生活でありふれた言葉である。
  物を燃やして暖をとる。気温が高ければ、クーラーで空気を冷やす。
  発電所では、物を燃やして、水を沸騰させ蒸気に変えて、この圧力で発電機をまわす。
  日常の生活は、温度や熱の現象に取り囲まれている。
  この節では、原子・分子の運動に立ち入らずに物体を連続体として考えて、
  マクロな熱現象を支配する法則を調べる。
但し、熱現象の根源は原子・分子運動の理解なくして不可能なので、この部分だけは、例外的に原子・分子運動に言及する。
  次の節では、気体の熱現象を、それらを構成する膨大な個数の原子・分子の運動から考察する。

 温度

温度とは、物体が温かいとか冷たいという感覚を定量化した概念である。
温度が正確に数値で表せるようになって、初めて熱現象の正確な法則を調べることが出来るようになった。
それではどのようにして数値化するのか。
次に述べる熱平衡という概念と熱力学の第0法則が決定的役割を果たす。

 熱運動、熱の移動と熱平衡

熱運動

自然界の物質は、巨視的には静止しているときでも、
物体を構成する全ての分子・原子が絶えずバラバラ、無秩序に振動運動(気体では直進運動)を行っている。
この運動を熱運動という。
この運動が、すべての熱現象の源である。
熱運動が激しい物体ほど触ると熱いと感じる。それは激しく動く分子が皮膚の分子に激しく衝撃を与えるためである。
あまり激しいと皮膚の分子が破壊され、火傷をする。

熱の移動と熱量、熱平衡

全ての物体は長時間、放置すると全体が一様の温かさ(冷たさ)になり、変化がなくなる。
また、熱い物体と冷たい物体を接触させると、
熱い物体は冷えていき、冷たい方は熱くなっていき、やがて両者は同じ熱さになって変化は無くなる。
この状態を、熱平衡という。
外部と孤立した状態にある物質(あるいは幾つかの接触した物質)は、
十分な時間がたつと、熱平衡にたっする(注を参照のこと)。これは、自然界の法則である(注)。
なぜ熱い物体は冷え、冷たい物体は熱くなっていくのか。
18世紀には、冷温はその物質の持つ熱素(カロリック)の多少によると考えられた。
熱い方の物体は多くの熱素をもつので、冷たい方の物体に流れこむためと考えられた。
しかし、これは過ちであることが分かった(後述する)。
この理由を分子・原子の運動から考えてみよう。
熱い物体を構成している分子・原子のほうが、冷たい物質の分子・原子より激しく熱運動している。
両者を接触させると、接触面で両者の多数の分子が衝突する。
すると、高温で激しく運動している分子たちのほうは
熱運動のエネルギーを失い温度を下げていく。
他方、冷たいほうの分子は、このエネルギーを貰い熱運動が激しくなり暖かくなってい。くbr/>

両物体の分子達の衝突で互いのエネルギーのやり取りは、少なくなって行き、くbr/> やがて平均すると零になる。これが熱平衡である、くbr/> と推測される。
実際、力学の項で説明した2粒子の衝突(弾性衝突)の考えを適用して解析すると、くbr/> このことが証明できる。(本テキストでは扱わない)
熱い物体から冷たい物体へのエネルギーの流れをという。
流れたエネルギーの量を、熱量という。
(注)物体外部に温度が変わっていく熱源があり、それと接していれば、熱平衡には達しない。

熱量の保存法則 

熱い物体と冷たい物体を接触させたとき、 熱い物体から流れ出る熱量は、冷たい物体に流れ込む熱量に等しい。
これを熱量の保存法則という。

 熱力学の第0法則

経験や実験によって、
物体AとB、BとCがそれぞれ熱平衡ならば、AとCも熱平衡にあることが知られている。

 2つの物質の温度が等しいとは?

2つの物体を接触させても、両者の冷温に変化がおこらない(すなわち熱平衡にある)とき、
2つの物体の温度は等しいという。
熱力学の第0法則により、AとB、AとCが熱平衡ならば、BとCも熱平衡になり、
熱平衡のとき温度が等しいと決めても不都合を起こさないことが保証される。
物体Aと物体Bを接触させたとき、AからBに熱が流れるとき、
Aの温度はBの温度より高いという。
経験により、
$\quad$①Aの温度がBの温度より高く、Bの温度がCの温度より高ければ、Aの温度はCの温度より高い
$\quad$②A の温度が B の温度より高く、A' が A と温度が等しく、B' が B と温度が等しいならば、A' は B' より温度が高い
$\quad$③どんな2つの物体でも、温度は等しいか、あるいはいづれか一方が他方より温度が高い
ということが知られている。
熱力学の第0法則と上記①~③により、温度は数値と同じ順序関係をもつので、温度を数値で表すことは合理的であることが分かる。

 温度の数量化の方法

温度を数値で表すには、冷温によって変化する物質の性質を利用する。
この性質を利用して温度を数値であらわす器具(装置)を温度計という。
物体の温度は、この装置を温度を計測したい物体に接触させ、
熱平衡になったときの温度計の数値で表示される。

 温度の単位 

日常用いられる温度の単位は、セルシウス度(℃で表す)である。
これは、一気圧の下で
$\quad$水が氷になる温度(水の融点)を0℃、
$\quad$水が沸騰する温度(水の沸点)を100℃とし、
その間を100等分し、そのひと目盛りを温度差1℃と定めたもである。
英語圏の多くの国では、日常、ファーレンハイト度( °F)が使われている。
これは、水の融点を32°F、沸点を212°Fとし、その間を180等分して、一度差としたものである。

色々な温度計

 温度についての参考記事 

熱のカロリック説について 

物体の温度が変わるのは熱の出入りによるのであろうとする考えは古くからあったが、
熱の正体はわからなかった。
  かっては、熱の素(熱素、カロリック)という物質が、温度の高いものには沢山あり, これが温度の低い物体に移動するという
カロリック説が有力であった。

カロリック説の否定、熱は熱運動エネルギーの流れ

しかし、これは誤りであることが分かった。
例えば、物体を、他の物体とこすり続けると、いつまでも熱を発生させ続ける。
熱素がなくなり、外部に熱を出さなくなるということはない。
熱運動のエネルギーが熱エネルギーに転嫁していると考えると、この現象はよく説明できる。

 熱量の単位

熱の正体が不明の時代に、熱量の単位として、カロリーが次のように定義された。
1気圧のもとで、水1gの温度を14.5℃から15.5℃にあげるのに要する熱量を 1カロリーという。

その後、熱はエネルギーの一形態(熱エネルギー)であることがわかり、その単位はエネルギーの単位と同じくジュールJでも表すようになった。

熱の仕事当量 

ジュールは、実験により、1カロリーは約4Jであることを明らかにした。
その後の詳しい実験により、現在では
1カロリー=4.1855J  
であるとされている。
この値を熱の仕事当量という。

 熱の移動 

熱エネルギーの移動には、熱伝導対流熱放射の3つがある。
現実の熱の移動では、この3つが組み合わさっていることが多い。

熱伝導

物質の移動を伴わずに熱エネルギー(分子の熱運動のエネルギー)が物体内部を高温側から低温側に移動する現象である。

対流

気体や液体などの流体中に何らかの原因で温度の不均一が生じたとき
温度の高い部分は膨張し密度が低くなり、温度の低い部分は収縮して密度が高くなる。
このため重力によって温度の高い部分が上方に, 温度の低い部分が下方に移動することで、
熱エネルギーが移動する。
これを対流と呼ぶ。
また高温や低温の気体や液体を、機械(エアコン、ポンプ等)で移動させる熱の伝達も、対流と呼ぶことがある。
そこで密度差に起因する対流を自然対流、
機械的に生じさせる対流を強制対流という。

熱放射

物体はその温度に応じてその表面から色々な波長の電磁波を放射する。
そのエネルギーや波長の分布は物体の種類と温度で決まる。
こうして物体は熱運動エネルギーの一部を電磁波のエネルギーとして放出する。
これを熱放射という。
この電磁波が他の物体にあたると、一部が吸収され、この物体の熱エネルギーを増加させる。
こうして熱エネルギーが移動する。
この放射・吸収による熱伝達は物体間が真空であっても起こるが、
熱伝導や対流は熱を伝える物質(気体、液体、固体など)がないと起こらない。
必要ならば、以下の記事も参考のこと。
① 熱伝導(ウィキペディア)
② 対流(ウィキペディア)
③ 熱放射(ウィキペディア)

 熱容量と比熱(その1) 

温度を上げやすい物体と上げにくい物体がある。
物体の温度を1℃上昇させるのに必要な熱量をその物体の熱容量という。単位はJ/℃ である。
固体や液体は温度が1℃ 増えても、体積は殆ど変化がないので、
この定義で十分だが、気体の場合には体積変化を無視できない。
そこで、
物質の体積を一定に保ったまま温度を1℃ あげるのに必要な熱量(定積熱容量)と
圧力を一定に保ったまま1℃ 上げるのに必要な熱量(定圧熱容量)を考える。
固体や液体では両者の差は殆どないが、気体の場合には違いが大きい。
詳しくは、熱容量と比熱(その2)で述べる。
物質1gあたりの熱容量を、その物質の比熱(あるいはg比熱)と呼ぶ。
単位は$\frac{J}{℃\cdot g}$
これも正確には定積比熱と定圧比熱がある。
物質1モルあたりの比熱をモル比熱という。
次の記事も参照のこと。

熱運動と気体、液体、固体

物質は一般に、その熱的状態に応じて、気体、液体、固体の形態をとる。
なぜだろうか?
すでに説明したように自然界の全ての物質を構成する分子・原子は熱運動を行っている。
もしこれらの粒子間に引力が働かなければ、それぞれがかってに飛んでいってしまい、気体となるだろう。
他方、各原子は正の電荷をもつ原子核と負の電荷をもつ電子からなり、
これらの電荷のため分子間力が働き、分子は互いに引き合い塊を作ろうとする。「6章 原子・電子・原子核」を参照のこと。
高温で各粒子(分子・原子)の熱運動が激しいと、
各粒子は電気的結合を逃れて自由に不規則に飛んでいってしまい、気体になる。
温度が下がって熱運動が小さくなっていくとやがて、電気的結合力のほうが優位となり、互いに近接した状態(液体)になる。
さらに温度が下がると圧倒的に分子・原子間力が優位となり、物質は固く結合して固体となる。
固体の中では各分子・原子は熱運動がないときに収まるべき場所を中心にして、
それぞれ勝手に振動(熱運動)している。
このように物質は、熱運動のエネルギーの大きさにより、固体から液体、液体から気体、固体から気体、あるいはこの逆の変化を行う。これを相転移という。

融解熱

昇華熱と気化熱

昇華は固体から気体への状態変化、気化(蒸発)は液体から気体への状態変化である。

 気体の熱的性質

 気体の圧力 

膨大な数の気体分子は激しく動き回っていて、気体中におかれた物体の面に常に多数が衝突して跳ね返っている。
この時、物体の面は気体分子から力を受ける(注を参照のこと)。
  単位面積の面に働く力を気体の圧力という。詳しくは次節で学ぶ。

  (注)その反作用として、気体分子は物体の面から力を受け、跳ね返るのである。 

 ボイルの法則 

質量 $m$ の気体は、温度 t℃ を一定に保った状態では、
  $\qquad$ その圧力 $p$ と 体積 $V$ の積 $pV$ は一定 $\left(\quad 温度と質量だけの関数\quad mf(t)\quad \right)$ になる
  という、 ボイルの法則  が近似的に成り立つことが実験等で確かめられている。
記号で書くと、 $pV=mf(t)$
この法則の正確さは気体の種類によって異なるが、気体の密度が小さいときには、 どの気体でもかなり正確に成り立つ。

 シャルルの法則 

気体の圧力$p$を一定に保った状態では、
温度$t^{\circ}C$の気体の体積$V(t)$は
$V(t) \quad =\quad V(0)(1+\frac{t}{273.15})=V(0)\frac{273.15+t}{273.15}$
を近似的に満たすことが実験等で確かめられている。
ここで$V(0)$は0℃における体積である。
この法則が正確に成り立つ気体では、ー273.15℃より低い温度が存在すると仮定すると、体積が負となるという矛盾が生じる。
そこで、温度の最低値は―273.15℃であることが推測される。
温度t℃にたいして、
T:=t + 273.15
で決まる値を絶対温度という。単位はケルビン(K)である。 次の解説も参照のこと。

理想気体

高温、低圧の気体は、その種類のかかわらず、
かなり正確にボイルの法則、シャルルの法則を満たす。そこで、
任意の温度、圧力でも両法則を満たす理想的な気体を考え、理想気体とよぶ。
現実には理想気体は存在しないが、ヘリウムは、分子間力が極めて小さいため、理想気体に近い特性をもつ。

 ボイル・シャルルの法則 

ボイルの法則とシャルルの法則から、それらを統合したボイル・シャルルの法則が証明できる。
ボイル・シャルルの法則 質量nモル(注1)の理想気体に対して $pV=nR(t+273.15)=nRT$
ここで、R は普遍気体定数とよばれ、$R=8.3145[J/K\cdot mol]$である(注2)。
以下も参照のこと。

なお、この解説中の$K$は、nR のことである。

この法則によれば理想気体は$T=0^{\circ}K$ではV=0になってしまうが、
実在の気体では、Tが小さくなると液化(あるいは固化)してしまう。この法則はあくまで近似法則である。
気体定数については

を参照のこと。
なお、気体を構成する分子の間に相互作用がない仮定した気体では、分子運動論からこの法則を導ける。次節で学ぶ。
(注1)モル(mole)とは、分子量にグラムをつけた量であり、グラム分子ともいう。
例えば酸素の分子量は32なので、酸素の1モル(質量)とは32gである。
1モルの物質は、その物質の種類によらず同じ個数の分子からできている。
この個数Nをアボガドロ数という。$N=6.02 \times 10^{23}$である。
殆どの1モルの気体は、実測すると、一気圧、0℃では、体積は22.4リットルになる。

(注2) 普遍気体定数Rの単位について;
物理量Aの単位を[A]と書き、ボイル・シャルルの法則の両辺の単位の計算をすると、
$[p][V]=[n][R][T] \qquad \qquad (a)$
圧力は単位面積当たりの力なので、単位は$[p]=\frac{N}{m^2}$,
体積は単位は$[V]=m^3$,
nの単位はモルで、記号では mol と書く。$[T]=K$
これらを式(a)に代入すると、
$\frac{N}{m^2}m^3=mol[R]K$
故に、$[R]=\frac{N\cdot m}{mol\cdot K}=\frac{J}{mol\cdot K}$

ボイル・シャルルの法則の証明

ボイルの法則とシャルルの法則から、 一モルの気体に対して$pv=RT$を示せばよい。
ボイルの法則より、気体の温度をt℃ とすると、
$p_t v_t =1^{[mol]}f(t)\qquad \qquad (1)$
と書ける。ここで気体は1モルの質量だがこの単位を[mol]と書いた。
0℃では、$p_0 v_0 =f(0) \qquad \qquad (2)$
この気体を圧力は変えず、温度をt℃の変化させると、その体積 $v_t$ は式(1)から
$p_0 v_t =1^{[mol]}f(t) \qquad \qquad (3)$
他方、シャルルの法則から、
$v_t = v_0\frac{273.15+t}{273.15}\qquad \qquad (4)$
が成り立つ。
式(4)を式(3)に代入すると
$p_0 v_0\frac{273.15+t}{273.15} =f(t)$
上式に式(2)を代入すると
$f(0)\frac{273.15+t}{273.15} =f(t)$
ここで、$R:=\frac{f(0)}{273.15}\qquad \qquad (5)$
という定数を導入すると
$f(t)=R(273.15+t)=RT$(Tは絶対温度)
次に、1モルの気体は、一気圧(101325パスカル=101325$N/m^2$)、0℃(=273.15[K])で体積が約22.4リットル(=0.0224$[m^3]$)なので,
式(2)から
$f(0)=101325 \times 0.0224[N\cdot m/mol]$
ゆえに
$R=\frac{f(0)[N\cdot m/mol]}{273.15[K]}=\frac{101325 \times 0.0224}{273.15}=8.3093[J/K\cdot mol]$
普遍気体定数は$R=8.3145[J/K\cdot mol]$なのでほぼ正しい値が得られた。

 理想気体を用いた温度の計測と絶対温度

水銀柱を用いた温度は、水銀の膨張の仕方が温度によって異なるため正確ではない。
  正確な温度計測には、温度による膨張の仕方が一定である理想気体(実際にはそれにきわめて近い気体)を用いた温度が使われる。
この温度は、気体温度と呼ばれる。
気体温度では、水の融点温度が273.15度、沸点温度が373.15度になる絶対温度[K]が使われる。
この決め方から、摂氏温度t[℃]と絶対温度T[K]は、
T[K]=(t+ 273.15 )[℃]
という関係にあることが分かる。
全ての物体の温度はT>=0である。
理想気体という架空の物質を使うことなく、熱力学的に温度を定めることも出来る。
理想気体で決めた絶対温度と同一になる。これについては大学で学ぶ。

状態方程式

熱現象を考察する対象の、物体あるいはいくつかの物体の集合をと呼ぶ。
状態方程式で扱う系は、
$\quad $・静止していて、
$\quad $・一様で等方的なもの
とする。
具体的には、気体や液体および
等方的固体 (熱現象が方向に依存しない) で、方向性のある応力が生じていないもの
を対象にする。
さらに系は熱平衡状態にあり、系の温度、圧力が系内で一定で、時不変であるとする。
系を取り巻く外界とのあいだで、エネルギー(熱、仕事)の出入りがない系を、閉じた系という。

熱力学的状態変数

定義;
熱平衡状態にある物体の熱的性質を規定する物理量 (熱によって変化する物理量) を、
一般に、熱力学的状態変数 (以後、状態変数と呼ぶ) という。
状態変数には、温度、圧力、体積、濃度や内部エネルギー(後述)、エントロピー(後述)などがある。
このうち、
温度、圧力、濃度などは、系の大きさ、体積に関係なく決まるので示強変数、
体積、内部エネルギー、エントロピーなどは、
「系全体の量が部分系の量の和に等しくなる」ので示量変数
と呼ばれる。これについては以下も参照のこと。

状態方程式

経験法則; 系の全ての熱力学的状態変数は、
p(圧力)、T(絶対温度)、V(体積)のうちの任意の2つを独立変数とする関数になる。
このような関数(あるいは関係式)を系の 状態方程式 という。

すでに説明したように、nモルの理想気体の状態方程式は、 $pV=nRT$  である。

熱平衡にある系の状態は、系が膨大な個数の分子・原子から出来ているにもかかわらず、
わずか2つの状態変数で完全に把握できるという驚きの法則である。
状態方程式を用いると以下のように、熱平衡状態にある物質のいろいろな熱的性質が論理的に導かれる。

等温圧縮率と体積膨張率  

外部から圧力や温度を制御して、系の体積を変化させる問題を考える(注を参照のこと)。
この問題では、体積 V を系の圧力 p と温度 T の関数
$V=V(p,T) \qquad \qquad (1)$
で表した状態方程式を用いると都合がよい。

(注)熱平衡状態にある系に、外部から仕事や熱を加えた直後は、系は熱平衡状態にはない。
すなわち、系の温度や圧力は場所によって異なる。
そのため系の温度や圧力は定まらず、状態方程式では扱えない。
そこで、熱力学では、しばらく時間がたち系が熱平衡状態になったときのことを考察するのである。

等温圧縮率

温度 T を一定にしたまま、圧力を $\delta p$ 上げるときの、
体積圧縮量 $\delta V$ の変化率 $\frac{\delta V}{\delta p}$ の 体積比 $\frac{\delta V}{\delta p}/V$ を求めよう。
この値 $\kappa$ を、等温圧縮率という。
そのため、まず系を、T は一定にしたまま、圧力を上げるときの体積変化を考える。
一般に圧力が大きくなるほど、圧力を上げても体積は減りにくくなる。 図3-1-1を参照のこと。

このように圧力とともに体積変化の仕方が変わるので、
正確に圧力による体積変化率を表現するには圧力p の瞬間の体積変化率を求めねばならない。
圧力を $\delta p$ 上げたときの体積変化量は、
$\delta V(p,T):=V(p+\delta p,T)-V(p,T)$
温度がTの時、圧力が $p$ と $p+\delta p$ の間では
単位圧力当りの体積変化量の平均値は
$\frac{\delta V(p,T)}{\delta p}=\frac{V(p+\delta p,T)-V(p,T)}{\delta p}$
ここで、$\delta p$ を零に近づけたとき
極限が存在するならば、その極限値は、圧力p の瞬間の体積変化率と考えられる。
定義;任意の固定したT に対して 上式が極限値を持つとき、2変数関数 $V(p,T)$ はpに関して偏微分可能という。
極限値を偏微分係数と呼び、$\frac{\partial V}{\partial p}(p,T)$ と書く。
$V(p,T)$ がpに関して偏微分可能であることは、
$V_{T}(p):=V(p,T)$ という p の関数が微分可能であることと同値であり、
$\frac{\partial V}{\partial p}(p,T)=\frac{V_{T}}{dp}(p)$ である。

仮定; 関数 V(p,T )は、p に関しても、T に関しても偏微分可能であり、 その偏導関数 $\frac{\partial V}{\partial p}$ と $\frac{\partial V}{\partial T}$ はともに連続とする。

すると、温度が一定 T の下で、圧力p の瞬間の体積変化率は、$\frac{\partial V}{\partial p}(p,T)$ で表せる。
これらの準備をもとに等温圧縮率を求めよう。
圧縮量を正数にするため、体積変化率の符号を変える。これは体積圧縮量の変化率を表す。
これが現在の体積Vに占める割合が、等温圧縮率 $\kappa$ であるから
$\kappa =\kappa(p,T)=-\frac{1}{V}\frac{\partial V}{\partial p}(p,T)\qquad (2)$  
一般に、等温圧縮率 $\kappa$ は$p,T$ の関数である。
nモルの理想気体では、$V=nr\frac{T}{p}$,$\frac{\partial V}{\partial p}(p,T)=-nR\frac{T}{p^2}$なので、
$\kappa=\frac{nRT}{Vp^2}$
この式に $pV=nRT$ を代入すると
$\kappa=\frac{1}{p}$

体膨張率

一定の圧力pのもとに、温度を T から増加させるときの、
単位温度当たりの体積膨張率(体積変化率/体積)を、体膨張率という。
pを一定に保ちながら温度 T を上げるときの体積変化率は、前項と同じように考え、
$\frac{\partial V}{\partial T}(p,T)$
であることが分かる。
これを体積 V で割れば、体膨張率 $\beta=\beta(p,T)=\frac{1}{V}\frac{\partial V}{\partial T}(p,T)\qquad (3)$
が得られる。

☆☆体積一定で温度を上げるときの圧力増加量

体積を一定値に保ちながら、
温度を T から微小量増加させたときの圧力の増加率(単位温度あたりの圧力増加量)を求めよう。
式(1)で, 左辺の V を一定値 $V_{c}$ とすると、
$V(p,T)=V_{c} \qquad (4)$
このとき、次の項で述べる陰関数定理によって、pは T の関数 $p=p(T)$  で表せる。
すると、 $V(p(T),T)=V_{c} $
この両辺を T で微分すると
$\frac{dV(p(T),T)}{dT}=0 \qquad \qquad (5)$
2変数関数の合成関数の微分公式 (8章物理数学の2節極限と微分参照のこと) により、
$\frac{dV(p(T),T)}{dT} =\frac{\partial V}{\partial p}(p(T),T)\frac{dp(T)}{dT} +\frac{\partial V}{\partial T}(p(T),T)\frac{dT}{dT}$
$=\frac{\partial V}{\partial p}(p(T),T)\frac{dp(T)}{dT} +\frac{\partial V}{\partial T}(p(T),T)$
この式を、式(5)の左辺に代入して、整頓すると、
$\frac{dp(T)}{dT}=-\frac{\partial V}{\partial T}(p(T),T)/\frac{\partial V}{\partial p}(p(T),T)$
$=-\frac{\partial V}{\partial T}(p,T)/\frac{\partial V}{\partial p}(p,T)$
上式に体積圧縮率κの式(2)と体積膨張率βの式(3)を代入すると
$=\frac{\beta}{\kappa} $
故に、
$\frac{dp(T)}{dT}==\frac{\beta}{\kappa} \qquad \qquad (6)$
この式の左辺は、体積を一定($V_c$)に保ちながら、
温度をT から微小増加させたときの圧力の増加率(単位温度あたりの圧力増加量)を表すので、 所望の結果が得られた。
次に、この結果を導くために利用した陰関数定理の説明をする。

陰関数と陰関数定理 

図3-1-2 に、式(4)を満たす $(p,V)$ のつくる曲線図の一例(架空)を示す。

図のB という部分に限定すると、pはTの関数として表現可能であり、Tはpの関数としても表現できる。
こうして領域B内で定まる関数を $p=p(T)$、$T=T(p)$ と書くと、領域B内では
$V(p,T(p))=V_{c} $ 、$V(p(T),T)=V_{c} $
が成り立つ。

定義;関数 $p=p(T)$、$T=T(p)$ を式(4)によって、陰に定められた関数 あるいは 式(4)によって定められた陰関数と呼ぶ。

しかし、A という部分では同じ T の値 $T_1$に対して、無限個の p が$V(p,T_1)=V_{c} $ を満たすため、
p は T の関数にはなりえない。
この例で、陰関数が存在しない条件を探ろう。
$V(p_1,T_1)=V_{c}$ という、領域A 内の点 $(p_1,T_1)$ を考える。
すると$p_1$ を含むpの区間 $I=[p_{1}^l,p_{1}^u]$($p_{1}^l < p_{1}^u $)が存在して、
$I\times\{T_1\}:=\{(p,T_1)\mid p_{1}^l\leq p \leq p_{1}^u \}$ 上で関数V は
一定値 $V_{c}$ をとる。
言い換えると、$p_{1}^l\leq p \leq p_{1}^u$ を満たす、すべてのpに対して、 
$V(p,T_1)=V_{c}$
このとき、$\frac{\partial V}{\partial p}(p_1,T_1)=0$ が成り立つ。
すなわち、
$V(p_1,T_1)=V_{c}$ という点を含むどんな領域で考えても、 pがTの関数にならないならば、
$\frac{\partial V}{\partial p}(p_1,T_1)=0$になる。
この対偶も真なので、
命題;
$\frac{\partial V}{\partial p}(p_1,T_1)\neq 0$ ならば $(p_1,T_1)$を含む或る領域内で、pはTの関数になる。

これは陰関数定理と知られる命題で、
厳密な記述と証明は、8章 物理数学の「8.2 極限と微分」で与える。 
こうして、大変緩い条件のもとに、pはTの関数として定まることが保証された。

(注)物理学者は、無限小という数を利用して、
極限計算や陰関数定理などの面倒な議論が省略して、同じ結果を得ている。
無限小の数とは、どんな正の実数より小さく、どんな負の実数より大きい数のこと。
こうした数は無限にあり、四則演算が可能とする。
その方法とはこうである。
(未完)

無限小の数は従来の数の中にはない。
しかし最近、数の概念を拡張して無限小の数を数学的に厳密に定義し、
この数を利用して、極限演算なしに微積分を再構築する、数学が誕生した。
物理学者の直感は数学的に裏付けられた。

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