物理/質点の運動の表し方
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目次
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質点の運動の表し方
高校では主に質点 (大きさがなく重さだけがある点状の物体)の運動を学び、
その法則を明らかにします。
なぜ質点の運動から、学ぶのか
大きさのある物体は、物体の箇所によって位置がことなる。また大きさのある物体は変形する。
このため、その位置を表すのが難しい。
さらに運動も平行移動だけでなく回転などを行い複雑となる。
質点は、大きさのない点なので位置は明確で、その場所を簡単に表示できる。しかも変形も回転もない。
このため、その取り扱いは、大きさのある物体に比べて、格段に、易しくなる。
しかし、重さがあって大きさのない、仮想の物質である質点の運動法則など何の役にも立たないと思う人もいるでしょう。
ところが、応用範囲は結構広いのです。
例えば、地球の公転運動(太陽の周りの回転)は、地球を質点とみなして解析してもほぼ正しい。
さらに、大きさを考慮して解析しなければならない物体の運動も、質点の運動法則を利用して解明できる。
これには高校数学より高度な数学を必要とする。
そこで、大きさのある物体の運動は,剛体の回転の初歩を紹介するのにとどめる。
詳しくは、大学の物理学で学ぶ。
質点の運動を数式で表すにはどうするか?
我々が住む世界は、3次元 の空間 であり、縦、横、高さという3つの方向がある。この空間には距離という概念がある(注参照)。
また時間という時の経過が存在する。
この世界の物質は運動していて、その場所を時間とともに変える。
1章の4節で紹介したように近代の力学は、
質点の運動を質点の位置の時間変化と考える。、
任意の時刻の質点の位置を正確に測定し、位置が時間変化に伴いどのように変化するかを、
数式で正確にあらわすという方法で発展した。
まず、時間と距離の測り方から紹介する。
(注)空間について、もう少し詳しく知りたい方は、
「8章、物理数学」の「平面と空間のベクトル」を御覧ください。
時間と距離の測り方
時間は時計で正確に測れる。
詳しくはウィキペディア(時間) の4.1 ニュートン力学での時間
を参照のこと。
また距離(あるいは長さ)は、距離の原器を使って正確に測れる。
詳しくは、
空間の点の位置の表現
有向線分
空間中の任意の点$P,Q$をとると、その2点を結ぶ線分が引ける。
この点$P$から点$Q$にむけた向きを入れる。これを有向線分$\vec{PQ}$という。
点$P$をこの有向ベクトルの始点、点$Q$を終点という。
位置の特定には基準点が必要
空間中の点の位置は、どの場所から観測するかで、距離も方向も異なってしまう。
位置を指定するには基準点が必要である。
そこで$S^3$の適当な点$O$を基準点に選び、原点と呼ぶ。
有向線分を用いた位置の表示
空間の任意の点$P$に対し,有向線分$\vec{OP}$を考えると、その終点が点Pを表す。
空間の点Oとこれを始点とする有向線分$\vec{OP}$との和を
$O+\vec{OP}:=P$で定義すると便利である。
有向線分からベクトルへ
有向線分のままだと、
始点のことなるすべての有向線分を考えないと、位置の指定は出来ない。
非常に不便である。
原点Oからみた点Pの位置の指定で必須のものを抜き出すと、
①線分$OP$の長さ。
②2点$O,P$を通る直線$OP$が示す方向
③Oからみて、点Pは直線$OP$のどちら側にあるか(向き)
の3要素である。
従って、有向線分$\vec{OP}$と
①長さ(大きさ、距離)が等しく、②方向が等しく ③向きが等しい
任意の有向線分$\vec{O'P'}$を用いても、
点Oから見た点Pの位置は正確に指定できる。
そこで、ベクトルを次のように定義する。
定義;ベクトル
空間中のあらゆる有向線分を考える。
この中で、大きさ、方向・向きの等しいものは同じものとみなして、
一つの量とみなしたものをベクトルという。
例えば、
有向線分$\vec{OP}$と大きさ、方向・向きの等しい有向線分をすべて集めた
有向線分からなる集合を、
(これ等の有向線分と同じ)大きさ、方向・向きだけを持ち、始点はない量とみなして
ベクトルとよび、$[\vec{OP}]$などと書く。
もし$\vec{OP}$と$\vec{O'P'}$が、大きさが等しく、方向・向きが等しいならば
$[\vec{OP}]=[\vec{O'P'}]$となることは明らかであろう。
逆に$[\vec{OP}]=[\vec{O'P'}]$ならば、
有向線分$\vec{OP}$と$\vec{O'P'}$は
大きさが等しく、方向・向きも等しい。
(注)多くの本ではベクトル$[\vec{OP}]$を、単に$\vec{OP}$とかく。
記号だけでは有向線分とベクトルの区別が出来ない。
前後の文から正しく判断する必要があるので、注意が必要である。
③2つの有向線分の「大きさが等しく、方向・向きが等しい」か否かは、次のようにして簡単に判断できる。
命題;
線分$OP$と線分$O'P'$が、ある一つの平面上にあり、
この平面上の四角形$OPP'O'$が平行四辺形ならば、
2つの有向線分$\vec{OP}$と$\vec{O'P'}$は、大きさが等しく、方向・向きが等しい。
逆も成立する。
有向線分$\vec{OP}$の始点Oを、線分の向きと方向が変化しないようにして移動することを、
平行移動という。
命題;2つの有向線分$\vec{OP}$と$\vec{O'P'}$が、大きさと方向・向きが等しい、
必要十分条件は
有向線分$\vec{OP}$を平行移動して始点を$O'$に移すと$\vec{O'P'}$に一致することである。
ベクトルを用いた位置の表示
どの点を原点(Pと書く)としても、
ベクトルを用いると、空間の任意の点の位置を記述できる。
今、原点Pから見て、ベクトル$\vec a$の大きさ、方向・向きにある点は
どのようにして見つけることができるのか?
それには、ベクトル$\vec a$の名前の付いた有向線分の集合の中から、
始点がPであるもの、$\vec{PQ}$をとりだせばよい。
このような有向線分をベクトル$\vec a$に属す有向線分と呼ぼう。
この有向線分$\vec{PQ}$は$\vec a$と同じ大きさ、方向・向きをもち、
始点が原点なので、点Qが求める点になる。
これを数学記号でかくと
$P+\vec a=P+[\vec{PQ}]:=P+\vec{PQ}=Q$
逆に点$Q$の位置を表すベクトルは、$[\vec{PQ}]$である。
これを数学記号でかくと
$P+[\vec{PQ}]:=P+\vec{PQ}=Q$
定義:位置ベクトル
本テキストでは、ベクトルを位置の表示に用いるとき、位置ベクトルと呼ぶ。
他のベクトル
物理学では、位置ベクトル以外にも、
速度や、加速度、力などは、大きさと方向、向きを持つ量なのでベクトルである。
物理学では、ある程度のベクトルの知識が必要である。
以下に、ベクトルについて、簡単に紹介する。
まったくベクトルについて学習してない方は次の文献をご覧ください。
- [[wikibooks_ja:高等学校数学B ベクトル|ウィキブックス(高等学校数学B ベクトル)]
2つのベクトルの和とベクトルの実数倍
定義;2つのベクトル$\vec{A}$とベクトル$\vec{B}$の和を、次のように定義する。
・$\vec{A}$に属す有向線分$\vec{OP}$と$\vec{B}$に属す有向線分$\vec{PQ}$を用いて、
有向線分$\vec{OQ}$を求める。これに対応するベクトル$[\vec{OQ}]$を、
ベクトル$\vec{A}$とベクトル$\vec{B}$の和という。ベクトル和の図参照。
すなわち、
$\vec{A}+\vec{B}=\vec{OP}+\vec{PQ}=\vec{OQ}$;
(注)もし$\vec{A}$に属す、別の有向線分$\vec{O'P'}$をとり、$\vec{B}$に属す有向線分$\vec{P'Q'}$を用い、和のベクトル$[\vec{O'Q'}]$を作ったら、
$[\vec{OQ}]$とは別のベクトルになってしまった、この定義は破たんする。
幸い$[\vec{O'Q'}]=[\vec{OQ}]$であることが、
ユークリッド幾何学で明らかにされた平行四辺形の性質を使って
容易に証明できる。図参照。
ベクトル$\vec{A}$と$\vec{B}$を
始点の同じ有向ベクトル$\vec{OP}$ と$\vec{OR}$で表すと、
これを2辺とする平行四辺形$OPQ'R$の対角線$OQ'$に向きを付けた$\vec{OQ'}$の表すベクトル$[\vec{OQ'}]$は、
$\vec{A}+\vec{B}$に等しいことが容易に分かる。ベクトル和の図参照のこと。
ベクトル和の定義から、
必要ならば適切に平行移動しユークリッド幾何の知識を使うと、
$\vec{A}+\vec{B}=\vec{B}+\vec{A}\quad \quad (1)$ ; 交換法則
$(\vec{A}+\vec{B})+\vec{C}=\vec{A}+(\vec{B}+\vec{C})\quad \quad (2)$ ;結合法則
が成立する。証明は各自試みてください。
零ベクトル
$P=Q$という特殊な場合、$\vec{PQ}=\vec{PP}$は、
P点から見たQ点の位置(同じ位置)であることを示すので、
有向線分として認める。
このように長さが零で一点に退化したすべての有向線分は
大きさが等しく、方向・向きを持たないので、
同一とみなして、零ベクトルと呼ぶ。
$\vec 0=[\vec{PP}]:=\{\vec{QQ}\mid Q\in S^3\}$
すると
$\vec{A}+\vec{0}=\vec{A}\quad \quad (3)$ ;零元の存在;
であることが、容易に証明できる。
$\vec{0}$は、数の加法において、零が果たしている役割を
ベクトルの加法で果たすので、零ベクトル、あるいは零元という。
逆ベクトル
ベクトル$\vec{A}$に対し、その逆ベクトル$-\vec{A}$とは、
$\vec{A}$を加えると$\vec{0}$になる、ベクトルのことである。
式で書くと
$\vec{A}+(-\vec{A})=\vec 0\quad \quad (4)$
どんな$\vec{A}$も、逆ベクトルを一つ、そして一つだけ持つ。;逆元の存在
それは、$\vec{A}$と大きさ、方向が同じで、向きが逆のベクトルである。
証明は容易。
以後、$\vec{A}+(-\vec{B})$を、$\vec{A}-\vec{B}$で表す。
ベクトルの実数倍
$a$を任意の実数とする。
$\vec{A}$が零ベクトルでない時、その$a$倍、$a\vec{A}$は次のように定義する。
・$a$が正数のとき;$a\vec{A}$は、$\vec{A}$と方向・向きは同じで、大きさが$a$倍であるベクトルである(注参照)。
・$a=0$のとき;$0\vec{A}:=\vec{0}$
・$a< 0$のとき;$a\vec{A}:=-(-a)\vec{A}$
$\vec{A}=\vec{0}$のときは、$a\vec{0}:=\vec{0}$とする。
このように定義すると、
ベクトルの実数倍がベクトルとして定まる。
次の諸規則が証明できる。
$a(\vec{A}+\vec{B})=a\vec{A}+a\vec{B}\quad \quad (5)$
$(a+b)\vec{A}=a\vec{A}+b\vec{A}\quad \quad (6)$
$(ab)\vec{A}=a(b\vec{A})\quad \quad (7)$
$1\vec{A}=\vec{A}\quad \quad (8)$
(注)この定義は直観的なもので、正確ではない。
ベクトルは、それに属す有向線分の集まりとして定義したので、
任意の有向線分の実数倍をまず定義し、
それを用いてベクトルの実数($\alpha$)倍を決めないといけない。
一点に退化した有向線分$\vec{PP}$の場合、$\alpha \vec{PP}=\vec{PP}$と決める。
退化していない有向線分$\vec{PQ}$の$\alpha$倍
$\alpha \vec{PQ}$とは、
始点と方向を変えず向きと長さをを次のように変えたものをいう。
①$\alpha>0$のとき;向きもかえず、長さを$\alpha$倍する。
②$\alpha=0$のとき;$0\vec{PQ}=\vec 0$と決める。
③$\alpha<0$のとき;方向を逆にして長さを$\alpha$倍する。
これをもとに,ベクトル$\vec a$の$\alpha$倍$\alpha \vec a$は次のように決める。
まずベクトル$\vec a$に属す(i.e.$\vec a=[\vec{PQ}]$)任意の有向線分$\vec{PQ}$をとりだし、
$\alpha \vec a:=[\alpha \vec{PQ}]$
$\vec a$に属す他の有向線分を使っても、得られるベクトルは、同一になることは、
容易に示せる。
位置の座標とベクトルの座標成分表示
ベクトルの記号(例えば$\vec{A}$)を用いた力学の法則の表示や演算は、ベクトル記号のまま扱うと、大変簡潔で、見通しが良い。
しかし、ベクトル記号のままでは、具体的な問題で、質点がどこにいるか、その速度は、どの方向で、いくらか、などを求めたいときには、大変である。
ベクトルを図示し、図を使って、ベクトル演算をしなければならなくなるからである。
平面の場合でさえ、ベクトルを正確に図示することはできず、手間も大変である。
3次元空間では、平面である紙の上には、正確に書くことは出来ない。
そこで点$P$の位置、位置ベクトル$\vec{OP}$やその他のベクトルを、いくつかの数字が順番に並んだ、数字の組で表わす方法が考えだされた。
図ではなく数字を使って位置やベクトルを表せるなら、数学で知られた色々な計算方法が利用でき、具体的な計算は飛躍的に進化する。
点の位置をいくつかの数字の組で表示するのは座標表示と呼ばれ、
ベクトルをいくつかの数字の組で表現することはベクトルの座標成分表示と呼ばれる。
色々な座標を使った表示法がみつかっている。
最も広く利用されている方法を説明しよう。
正規直交系と直交座標を用いる表示
空間に定めた原点$O$をとおる、縦と横と高さ方向の互いに直交する3つの直線を引く。
各直線上の原点$O$から単位の距離にある点(原点の両側にある)の一方に+1を、他方にー1を振る。
他の点にも、原点からの距離に+-符合(原点に関して、+1と同じ側の点には+)をつけた数字(実数)を割り振る。
このように、各点に数字が割り振られた直線に、数字が増大する向きに矢印をつける。
この直線を数直線と呼び、各点に割り振られた数字をこの点の座標と呼ぶ。図_数直線参照。
縦(手前と奥)方向の数直線をx軸、横(左右)方向の数直線をy軸、高さ(上下)方向の数直線をz軸と呼ぶ。
数式表記に便利なようにしばしば、
x軸を$x_1$軸、y軸を$x_2$軸、z軸を$x_3$軸と呼ぶ。
任意の点$P$の位置や3次元ベクトルは、これ等の数直線を利用して、以下のようにして、3つの実数の組で表示できる。
(1)点の位置の座標表示
任意の点$P$から、x軸に下ろした垂線の足の座標$P_{x}$,
y軸に下ろした垂線の足の座標$P_{y}$,z軸に下ろした垂線の足の座標$P_{z}$を求める。
$P_{x}$、$P_{y}$、$P_{z}$をそれぞれ、点Pのx座標、y座標、z座標と呼ぶ。
点$P$にたいして3つの数字の組$(P_{x},P_{y}, P_{z})$が、唯一つ定まる。これを点$P$の座標と呼ぶ。
ここで、数字は、x座標、y座標、z座標の順序で並べなければならない。
逆に3つの実数の組$(a_{x},a_{y}, a_{z})$に対して、それを座標にもつ点$P$が、唯一つ決まる。図_座標表示を参照のこと。
(2)ベクトルの座標成分表示
・ベクトルに属す、原点を始点とする有向線分$\vec{OP}$を考える。
・ベクトル$\vec{OP}$の終点$P$の座標$(P_{x},P_{y},P_{z})$を、ベクトル$\vec{OP}$の座標成分表示という。
・すべてのベクトルにひと組の数字の組が定まる。
・逆に3つの実数の組$(p_1,p_2,p_3)$を与えると、
これを座標成分とする、ベクトルが一つ(そして一つだけ)決まる。
何故なら、座標が$(p_1,p_2,p_3)$である点Pを用いて
ベクトル$[\vec{OP}]$を作れば、
この座標成分は$(p_1,p_2,p_3)$であるから。
・x軸、y軸、z軸は、座標を決めるときに使われるので、座標軸と呼ばれる。
紹介した座標表示法では、3本の軸は直交するようにとってあるので、それを明示したいときは直交という形容をつけて、直交座標成分、直交座標軸などと呼ぶ。
(3)ベクトルと、その直交座標成分表示の関係について
x軸上に、長さが1で、正の向き(座標の増加する向き)の有向線分をとり、
これによって決まるベクトルを$\vec{e_x}$と書く。
同様に、y軸上の長さ1で正の向きの有向線分に対応するベクトルを$\vec{e_y}$,
z軸上に、長さ1で正の向きの有向線分に対応するベクトルを$\vec{e_z}$とおく。
今後、数式表示を簡単にするため、x成分、y成分、z成分を下添え字の1,2,3でそれぞれ表示する。
すると、任意のベクトル$\vec A$は、その直交座標成分$(A_1,A_2,A_3)$を用いて、
$\vec A=A_1\vec{e_1}+A_2\vec{e_2}+A_3\vec{e_3}$
と表せることが、簡単に証明できる。(注参照)
このように、どんなベクトルも、3つのベクトル$\vec{e_1},\vec{e_2},\vec{e_3}$を用いて表示できるので、
これらを順番に並べた
$(\vec{e_1},\vec{e_2},\vec{e_3})$を、3次元空間の基底と呼ぶ。
直交していることを明示したいときは、直交基底という。
さらに、基底ベクトルの大きさが1にとってあるので、
これを明示したいときには、正規直交基底と呼ぶ。
逆に、
直交基底$\vec{e_1},\vec{e_2},\vec{e_3}$が与えられると、
直交座標系が決まる。
(注)この表示は一通りしか存在しない。
座標成分を用いた、ベクトルの演算
ベクトルの和や実数倍する演算を数の演算で行う、準備は整った。
これ以降座標系が分かっているときは
ベクトルはその座標成分と合わせて$\vec{a}(a_1,a_2,a_3)$などと記すことにする。
前項で説明したように、ベクトルとその座標成分は次の関係で結ばれている。
$\vec{a}=\sum_{i=1}^{3}a_i \vec{e_i}\quad$(x,y,z座標成分を下添え字の1,2,3で表示)
(1)ベクトル和の計算
$\vec{a}(a_1,a_2,a_3)+\vec{b}(b_1,b_2,b_3)=\vec{c}(a_1+b_1,a_2+b_2,a_3+b_3)$
(2)零元と逆元
零元の座標成分表示は$(0,0,0)$
$\vec{a}(a_1,a_2,a_3)$の逆元$-\vec{a}$は、$-\vec{a}(-a_1,-a_2,-a_3)$
(3)ベクトルの実数倍
$\alpha \vec{a}(a_1,a_2,a_3)=\vec{d}((\alpha a_1,\alpha a_2,\alpha a_3)$
(1)の証明;
ベクトルとその座標成分の関係から、
$\vec{a}=\sum_{i=1}^{3}a_i \vec{e_i}\quad $
$\vec{b}=\sum_{i=1}^{3}b_i \vec{e_i}$
$\vec{c}=\sum_{i=1}^{3}(a_i+b_i) \vec{e_i}\quad$
$\vec{d}=\sum_{i=1}^{3}(\alpha a_i)\vec{e_i}$
これらを用いると、
$\vec{a}+\vec{b}=(\sum_{i=1}^{3}a_i \vec{e_i})+(\sum_{i=1}^{3}b_i \vec{e_i})$
ベクトルの加法は、結合則と交換則をみたすので、
これらを利用して、和の順序や計算順を変えると
$=\sum_{i=1}^{3}(a_i \vec{e_i}+b_i \vec{e_i})$
前述「2つのベクトルの和とベクトルの実数倍」の式(6)から、
$=\sum_{i=1}^{3}(a_i +b_i) \vec{e_i}=\vec c$
(3)の証明
$\alpha \vec{a}=\alpha (\sum_{i=1}^{3}a_i \vec{e_i})$
「2つのベクトルの和とベクトルの実数倍」の式(5)と和の結合則から、
$=\sum_{i=1}^{3}\alpha ( a_i \vec{e_i})$
「2つのベクトルの和とベクトルの実数倍」の式(7)から
$=\sum_{i=1}^{3}(\alpha a_i) \vec{e_i}$
$=\vec{d}$
便宜的に、座標成分表示だけでベクトルを表して、
上記の演算規則を纏めて表示しておく。
ベクトル和;$(a_1,a_2,a_3)+(b_1,b_2,b_3)=(a_1+b_1,a_2+b_2,a_3+b_3)$
零元の存在;$(0,0,0)$
逆元の存在;$-(a_1,a_2,a_3)=(-a_1,-a_2,-a_3)$
ベクトルの実数倍;$\alpha (a_1,a_2,a_3)=(\alpha a_1,\alpha a_2,\alpha a_3)$
3次元数空間
3つの実数の組をすべて集めて作った集合を$R^3$と書く。
この集合の任意の2つの要素$(a_1,a_2,a_3)$、$(b_1,b_2,b_3)$に加法を
$(a_1,a_2,a_3)+(b_1,b_2,b_3):=(a_1+b_1,a_2+b_2,a_3+b_3)$
で定義する。
実数倍も
$\alpha \circ (a_1,a_2,a_3)=(\alpha a_1,\alpha a_2,\alpha a_3)$
で定義する。
すると、
加法の交換則、結合則、零元と逆元の存在など
「2つのベクトルの和とベクトルの実数倍」の項で示したすべての性質が成り立つ。
そこで$R^3$とそこで定義された加法(+)と実数倍($\circ$) とを組にした
$(R^3,+,\circ)$を3次元数空間と呼ぶ。
証明は、実数の加法、乗法の性質を使えば簡単にできる。
直交座標系には右手系と左手系の2種類がある
(1)3次元空間の場合;
空間に一つの直交座標系をとる。
3つの座標軸のうち、一つの座標軸の正負を逆にした座標系をつくる。たとえばz軸の正負を逆にしてみよう。
右手の親指、人差し指、中指をそれぞれ直角になるように延ばし、親指をx軸の正部分に、人差し指をy軸の正部分に重ねる。
すると中指はz軸と重なるが、
片方の座標系では、向きまで一致する。
もう一方の座標系では、向きは逆になってしまう。
一致するほうの座標系を右手系、逆向きの座標系を左手系とよぶ。図参照。
x軸やy軸の向きを変える場合でも全く同じことが起こることを確かめてほしい。
(2)平面の場合;
平面内で、x軸を原点を中心に90度だけ反時計回りに回転してx軸とy軸を重ねたとき、
向きまで一致する座標系を右手系といい、逆向きになる時左手系という。
(3)物理では右手系を用いる。
どちらの座標系を使っても、あらゆることが、同じように議論できる。
しかし法則によっては、右手系で表現した法則式と左手系で表現したものが異なることもある。
このような法則を、2種の座標系を混在させて使うと得られた結果は過ちになる。
物理の世界では、右手系を使うことにして、この種の過ちが起こらないようにしている。
直交座標系については、
を参照のこと。
色々な座標
ベクトルを実数の組で表示する、座標表示の方法は、色々考案されている。
それは、運動の種類に応じて、使いやすい座標と使いにくい座標があるからである。
直交座標は最も多く使われるが、円運度や楕円運動では極座標が便利である。
極座標については、ウィキペディア(極座標系)
その他の座標系も含む色々な座標系についてはウィキペディア(座標)
を参照のこと。
(注)座標系をつかい、数字の計算で図形等の性質を調べることは16世紀にデカルトが見つけた偉大な方法である。
この方法が、運動を法則を解明する時に、不可欠の役割を果たしている。
座標表示の欠点
座標系を定めて位置を数値化すのため、当然のことながら、
位置を表示する数値は座標系に依存する。
このため、異なる座標系で表現したいときには、正しい数値にするため、
場合によってはかなり複雑な変換をする必要が起こる。
ベクトル表示は、座標を用いないので、この種の煩わしさは無い。
物理で利用するベクトルの演算についての注意
数学で扱うベクトルは、文字通り、大きさと方向・向きの等しいベクトルは皆同じものとみなし、平行移動したり、ベクトル同士の演算も自由にできる。自由ベクトルと呼ばれる。
ところが
力は大きさと方向・向きを持つのでベクトルだが、作用する場所が変われば、その効果もまったく異なる。すなわち、ベクトルの始点がどこにあるかが、重要なベクトルである。そこで平行移動や始点の異なるベクトルの和は許さない。このようなベクトルは 束縛ベクトル]という。
物理に現れるベクトルは束縛ベクトルであることが良く起こるので、
物理的意味を考えて、数学を利用する必要がある。
質点の位置ベクトルの時間関数表示
質点の時刻$t$の位置を位置ベクトル$\vec{r(t)} $であらわす。
必要に応じて、適切な座標系を用いて座標表示する。例えば直交座標系xyzでは、$(x(t),y(t),z(t)) $とあらわす。
運動が分かっているときは、$\vec{r(t)} $や$x(t)$,$y(t)$,$z(t))$の具体的形を定められる。
運動が未知で、運動方程式を解いて求めねばならない時は、未知関数$x(t)$,$y(t)$,$z(t))$を変数とする運動方程式をといて、$x(t)$,$y(t)$,$z(t))$を具体的に求めることができる。
質点の速度と加速度
空間に原点を決め、質点の位置Pを時間の関数として$\vec{OP}=\vec{r(t)} $と表わせば、質点の動き方がわかるので、その速度や加速度(速度の増加の仕方)も計算できる。
位置ベクトルは必要ならば座標系を定め座標成分表示しておく。
例えば、xyz直交座標系ならば、$\vec{OP}=(x(t),y(t),z(t))$,
極座標系ならば$\vec{OP}=(r(t),\theta(t),\phi(t))$という形で表せる。
速度
質点の速度は、質点の位置が単位時間あたり幾ら変化するかを表わす。大きさと方向・向きを持つのでベクトルである。
平均速度
任意の時刻$t$における質点の位置が$\vec{r(t)} $で表される時、
時刻$t$と時刻$s$の間の平均の速度は、 $(\vec{r(s)}- \vec{r(t)})/(s-t)$ で定義する。平均速度はベクトルである。(注意)$s$は$t$の前後どちらでもよい。
ベクトル$\vec{r(t)} $ を直交座標系xyzにかんして座標表示し、$(x(t),\,y(t),\,z(t)) $ と表すと、
平均の速度は、$((x(s)-x(t))/(s-t),\,(y(s)-y(t))/(s-t),\,(z(s)-z(t))/(s-t)) $ となる。
瞬間速度(略して速度)とベクトル値関数の微分
落下する物体は時々刻々速さを増し、一定の速さに留まることはない。
そのような運動の速度を正確にとらえようとして、
ガリレオは、平均速度をとる時間間隔t-sを無限に小さくした時の、平均速度を考えた。
これを瞬間速度という。この概念の発見が微分学の始まりである。
物理学では、単に速度と言えば、瞬間速度のことをいう。
高校の数学で学ぶ微分を、ベクトルに値をとる関数に拡張すると、時刻$t$の速度$\vec{v}(t)$は、
$\vec{v}(t)=\frac{d\vec{r}(t)}{dt}=\lim_{s \to t}\frac{\vec{r}(s)- \vec{r}(t)}{s-t} $
で表せる。
ベクトル$\vec{r}(t) $ をxyz直交座標の成分で表示($\vec{r}(t)=(x(t),y(t),z(t)) $)すると、
上記の速度は、
$\vec{r}(t)=\lim_{s \to t}\frac{\vec{r}(s)- \vec{r}(t)}{s-t}$
$= \lim_{s \to t}(\frac{x(s)-x(t)}{s-t},\frac{y(s)-y(t)}{s-t},\frac{z(s)-z(t)}{s-t})$
$=(\lim_{s \to t}\frac{x(s)-x(t)}{s-t},\lim_{s \to t}\frac{y(s)-y(t)}{s-t},\lim_{s \to t}\frac{z(s)-z(t)}{s-t})$
$=(\frac{dx(t)}{dt},\frac{dy(t)}{dt},\frac{dz(t)}{dt}) $
と表せる(注参照)。
速度については、下記の記事も参考のこと。
ウィキペディア(速度)
(注)ベクトル値関数の極限の定義
ベクトル値関数$\vec y=\vec{f}(x)$において、実数変数$x$が、$a$と異なる値をとりながら$a$に限りなく近づくとき、
それに対応する従属変数の値$\vec{f}(x)$が、ある一つの値$\vec b$に限りなく近づくとき、
$\vec b$を、$x$が$a$に限りなく近づくときのベクトル値関数$\vec y=\vec{f(x)}$の極限(あるいは極限値)という。
これを、$\lim_{x\to a,x \neq 0}\vec{f(x)}=\vec b$と書く。
今後は、簡略化のため、単に$\lim_{x\to a}\vec{f(x)}=\vec b$と書くたり、
$x\rightarrow a$のとき $\vec{f}(x)\rightarrow \vec{b}$ と書く。
極限の定義から、
$\lim_{s \to t}\left(\frac{x(s)-x(t)}{s-t},\frac{y(s)-y(t)}{s-t},\frac{z(s)-z(t)}{s-t}\right)$ が存在すれば、
$=\left(\lim_{s \to t}\frac{x(s)-x(t)}{s-t},\lim_{s \to t}\frac{y(s)-y(t)}{s-t},\lim_{s \to t}\frac{z(s)-z(t)}{s-t}\right)$
が証明できる。
微分の性質
本テキストで用いる
実変数で実数値の関数の微分については、すべて下記の教科書に記載されている。
適宜参照されたい。
等速円運動の速度
質点が$xy$ 平面上の原点 O を中心とする半径 $r$の円上を等速$v$(ラジアン/s)で運動するとする。
質点の角速度$\omega$は、$\omega=v/r$(ラジアン/s)である。
時刻$t$の質点の位置ベクトル$\vec{r(t)} $の
$x,y$座標を$\bigl(x(t),\ y(t)\bigr)$、極座標を\bigl(r,$\theta(t)\bigr)$と書くと、
$x(t)=r\cos\bigl(\theta(t)),\qquad y(t)=r\sin\bigl(\theta(t)\bigr)$
$\theta(t)=\omega t + \theta_0$
ここで$ \theta_0$ は、時刻0における質点の位相角である。
これらを時間tで微分する。
合成関数の微分の性質と三角関数の微分の公式を用いて計算すると、
速度のx成分とy成分
$\dot{x}(t)=-r\sin(\theta(t))\dot{\theta}(t)$
$\dot{y}(t)=r\cos(\theta(t))\dot{\theta}(t)$
が得られる。
但し、$\dot{x}(t)$ は、関数$x(t)$ を時間変数$t$で微分したことを意味する記法で、
$\dot{x}(t)=\frac{dx(t)}{dt}$ ということである。
$\dot{\theta}(t)=\omega $なので
速度ベクトルは
$\vec{v(t)}=\bigl(\dot{x}(t),\dot{y}(t)\bigr)=\Bigl(-r\omega \sin \bigl(\theta(t)\bigr),r\omega\cos \bigl(\theta(t)\bigr) \Bigr)$,
$=r\omega(\Bigl(-\sin \bigl(\theta(t)\bigr),\cos \bigl(\theta(t)\bigr) \Bigr)$,
このベクトルは、質点の位置ベクトル
$\vec{r(t)}=\bigl(x(t),y(t)\bigr)=\Bigl(r\cos\bigl(\theta(t)\bigr),r\sin\bigl(\theta(t)\bigr)\Bigr)=r\Bigl(\cos\bigl(\theta(t)\bigr),\sin\bigl(\theta(t)\bigr)\Bigr)$
と直交している。
何故なら、
$\vec{r(t)}$の傾きは$\tan\bigl(\theta(t)\bigr)$、
$\vec{v(t)}$の傾きは$-\frac{1}{\tan(\theta(t))}$なので、
傾きの積が-1となるからである(注参照)。
そこで、等速円運動する質点は、その軌道の接線方向の速度を持つことが分かる。
関連事項については次の記事を参照のこと。
(注)後に学ぶ内積の考えを使うと、この2つのベクトルが直交することは簡単にわかる。
加速度
質点の加速度は、速度が単位時間あたり幾ら変化するかを表わす、ベクトルである。
速度と同じように平均加速度と瞬間加速度が考えられるが、単に加速度といえば瞬間加速度のことである。
平均加速度
任意の時刻$t$における質点の速度が$\vec{v(t)}= \dot{\vec{r(t)}}$で表される時、
時刻$t$と時刻$s$の間の平均の加速度は、
$\frac{\vec{v(s)}- \vec{v(t)}}{s-t}=\frac{\dot{\vec{r(s)}}- \dot{\vec{r(t)}}}{s-t}$
で定義する。平均加速度はベクトルである。
瞬間加速度、略して加速度
落下する物体は、速度を増すが、その増し方も絶えず増加する。
そのような運動の速度の増加の仕方を正確にとらえるためには、
平均加速度をとる時間間隔s-tを無限に小さくした時の、平均加速度を考える必要がある。
これを時刻$t$における瞬間加速度という。
物理学では、単に加速度と言えば、瞬間加速度のことをいう。
数式を用いると、時刻$t$の加速度$\vec{\alpha(t)} $は、
$\vec{\alpha(t)}=\frac{d\vec{v(t)}}{dt}$ である。
$\vec{v(t)}= \frac{d\vec{r(t)}}{dt}$なので、
$\vec{\alpha(t)}=\frac{d^2\vec{r(t)}}{dt^2}$ と書ける。
加速度については、下記の記事も参照のこと。
ウィキペディア(加速度)
等速円運動の加速度
質点が xy 平面上で
原点 O を中心とする半径 r の円上を等速$v$で運動するとき、加速度はどうなるか?
位置ベクトルは$\vec{r(t)}=\bigl(x(t),y(t)\bigr)=r\Bigl(\cos\bigl(\theta(t)\bigr),\sin\bigl(\theta(t)\bigr)\Bigr)
$
速度ベクトルは$\vec{v(t)}=\bigl(\dot{x(t)},\dot{y(t)}\bigr)=-r\omega \Bigl(\sin\bigl(\theta(t)\bigr),-\cos\bigl(\theta(t)\bigr)\Bigr)$ であった。
すると加速度は
$\vec{\alpha(t)}=\frac{d\vec{v(t)}}{dt}=-r\omega^2\Bigl(\cos\bigl(\theta(t)\bigr),\sin\bigl(\theta(t)\bigr)\Bigr)=\frac{v^2}{r}\bigl(-\frac{\vec{r(t)}}{r}\bigr)$
となる。
この変形では、vは$\vec{v(t)}$の大きさで、$v=r\omega$であることを使っている。
すなわち等速円運動の加速度は、大きさが$\frac{v^2}{r}$で
向きは、質点の位置から運動の中心である原点Oに向いた、ベクトルである。
以下の記事も参考にしてください。
ウィキペディア(円運動)
時間、長さ、速度、加速度の単位
色々な単位系があるが、通常はSI国際単位系が用いられる。
この単位系では時間や長さ等、基本的なものを基本単位として定める。
時間の単位は、呼称は秒、記号は$s$(秒の英語secondの頭文字)であり、秒[s]と略気する。
長さの単位はメートルmである。
その他の速度や加速度の単位は、それぞれの定義や物理法則を利用して、基本単位を用いて組み立てる。SI組み立て単位と呼ばれる。
例えば、速度の定義は
$\vec{v(t)}=\frac{d\vec{r(t)}}{dt}=\lim_{s \to t}(\vec{r(s)}- \vec{r(t)})/(s-t)$
なので、速度の単位は距離の単位$m$を時間の単位$s$ で割った、$m/s$ であり、$[m/s]$ と書く。
加速度の定義は
$\vec{\alpha(t)}=d\vec{v(t)}/{dt}$
なので、単位は、$m/s^2$ であり、$[m/s^2]$と書く。
なお、このテキストでは、物理量の単位を表示するときは、
物理量の後ろに括弧[ ]をつけ、その中に単位の記号表示を入れてある。
括弧[ ]は略すと混乱を生じる。
たとえば、次節で登場する質量という物理量は通常mとかく。
単位のメートルの記号表示mと同じである。
単位の方を[m]と書けば、こうした混乱は生じない。
(注)単位の呼称表示と記号表示
長さの単位はメートルとかいたりmとかく。
メートルを単位の呼称表示といい、m(meterの頭文字)を記号表示という。
他の単位でも同様に呼称表示と記号表示が用いられる。
多くの物理量の単位は組立単位となるので
基本単位を記号表示し、組立単位をm/sのように数式表示すると見易く、
数式と同じように単位の計算ができるので都合も良い。
この理由から単位は通常、記号表示する。